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前へ / トップへ / 次へ 15話 4人はミス・ロングビルを案内役に早速出発した。 今行けば到着は深夜になるが、この際構っている場合ではない。それに夜ならばフーケ一味も油断しているかもしれない。 うまい具合にルイズたちは黒いマントである。それを頭からかぶっていくことにした。 移動手段は屋根なし馬車である。襲われたとき、すぐに外に飛び出せるほうがいいだろうということで、このような馬車になった。 ミス・ロングビルが御者を買って出、手綱を握っている。 フーケ一味の可能性のあるものを消去して選ばれた5名である。無駄に御者などつける余裕はない。 手綱は交替で握ろう、という話にまとまりかけたが、「場所を知っているのは自分である」というロングビルの申し出により、この様な形となった。 妙にやる気満々。むしろ血相を変えているロングビルであったが、誰もそのことは指摘しない。 むしろ「王族暗殺犯を必死で追うロングビルはなんと愛国的な女性だ。」と賞賛されていた。 別にそんな気は毛頭ないのだが言うわけにもいかず、しかたなくその演技を続けている。 車上では対フーケ戦の作戦会議となった。 「小屋ならばアタシの魔法で火をつけて、いぶりだしてやればいいわ」とキュルケ。 「風の魔法で火をあおれば立派な火計よね」と風系統のメイジであるタバサの肩を揉む。 とうのタバサは『虚無戦記』なる本を熟読している。どんな内容か気になったバビル2世が尋ねてみると、 「ドワオギャンああ。」 という短い声が返ってきた。実にダイナミック。 とにかく全員が一致していたのは「ゴーレムを使わせない」ということであった。 あの威力を見れば誰もがそういう反応になるだろう。バビル2世ですら勝てるかどうか危ういと思っていた。 というわけで決定した作戦は、 1、周囲を警戒しつつ小屋の中にフーケがいるか確認 2、もしいたら、小屋に魔法で火をつける。 3、風の魔法で火をあおり、火事を起こす。 4、全員で「火事だ!」と叫ぶ。びっくりしたフーケは思わず外に出てくるだろう。 5、そこを捕まえる。 というシンプルなものであった。「もし出てこなくても焼け死ぬわね!」と息巻いていたルイズが多少気になるところである。 そして、馬車に乗っている間中、バビル2世はなにか祈るようにただ座っていた。 「ここがあの盗賊のハウスね…」 かえしてー、杖を返してー、と続けそうなルイズの問いかけにロングビルはこくりと頷く。 月が2つ、森の中の広場を照らしている。 森の中の空き地、とでもいうべきぽっかりとあいた空間。広さはだいたい学院の中庭程度か。真ん中に確かに廃屋があった。 5人は気づかれないように森の茂みに身を隠したまま、廃屋を窺う。 「情報によると、あの中に入っていくのを見たと……」 うーん、と唸る一同。人が住んでいるような気配はない。 やはり情報は欺瞞だったのか? 「とりあえず、中を確認してみては?」 「ひょっとすると私たちに気づいて外に出たのかもしれないわ。炎の魔法を使う人間がいれば、逆に中に入った私たちが火攻めにあうかも。」 「なら周囲を警戒するチームと、中を確認するチームに分かれましょう。」 結果、中にいればそのまま火をつけれる、ということでキュルケとタバサ、そして捕まえるには力の強いほうがいいだろうと、バビル2世が選ばれた。 外の警戒はルイズとロングビルが任された。 ロングビルは3人が小屋に向かうと、「ちょっとお花を摘みに…」と、物陰へ消えた。 「見る必要はない。誰もいない。」 と言って、バビル2世は2人を連れて裏側へ回った。 「中に宝箱らしいものがある。その中に破壊の杖が入っているんだろう。」 「な、なんで――」中を覗かないでわかるのか。そう訊こうとしたキュルケだったが、突如頭に響いてきた声に驚き、口が止まる。 『なぜ中が見えるのに、わざわざこんな芝居を?』 『すこし、ある人物に教えてもらいたいことがあったからだ。ひょっとすると、破壊の杖の盗難よりも重大なことになるかもしれない。』 近くの森の茂みに3人が身を隠した瞬間――小屋が跡形もなく吹っ飛んだ。 ルイズの叫び声が森に響き渡る。 闇夜を切り裂いて現れた無数の岩の砲弾に吹っ飛ばされたのだ。 岩の砲弾は見る間に組み合わさり、まるで人のような姿になる。 「やはりな――。」 バビル2世が呟いて頷く。 「思ったとおりだ。あれとぼくは以前戦ったことがある。前の世界でだ。つまりあれは偶然ではないということだ。」 『前の世界?』『偶然ではないって何が?』疑問が思念波に乗ってやってくるが、バビル2世は答えようとしない。 バビル2世が祈るように眼を閉じる。キュルケとタバサが、天空を見上げた。大きな影が森を覆った。 完成した岩の巨人に土が巻きつき、さらに巨大な岩と土の怪物が誕生した。 その姿は、まるで巨大な仏像のようであった。 ルイズは少しいらいらしていた。 自分が小屋の偵察に選ばれなかったことに腹が立っていた。 もちろん、今回の作戦では、火と風の魔法を使うメイジであるあの二人が適切だろう。 周囲に万一隠れているかもしれないフーケを警戒するのも重要な仕事だ。 だが、なぜかむかむかする。 それはビッグ・ファイアだ。 作戦のためではあるが、本来は自分の使い魔である以上、あくまで主人のみを守ることを優先させるべきである。 にもかかわらず、ご主人様に一言も言わずにあちら側にまざるとはどういう了見だ。 せめて「申し訳ありませんが、作戦の都合上分かれてしまいます。どうぞご自愛を。」ぐらいにいたわりの言葉はあってもよいはずだ。 まあ、あの私を敬っているのかそうでないのかよくわからない使い魔では仕方ないか。 ふん、と杖を振って構える。 よく考えれば何も問題はない。自分が魔法でフーケを捕まえればいいのだ。そうすればあの使い魔の態度も変わるだろう。 何より級友のあの蔑んだ視線とおさらばできる。家族の冷たい視線を変えることができる。ちいねえちゃんの喜ぶ顔を見ることができる。そして―――ワ… 「あら?」 ルイズが眼を擦る。つい妄想に夢中になりすぎたのか、地面が揺れて歪んだように見えたのだ。あるいは緊張のせいだろうか。 いけない、今はフーケを捕まえることに集中しなくては。そう考えて小屋を見た刹那――― 「きゃぁああああああ!」 小屋が突然降ってきた岩に潰された。 ビッグ・ファイアが!キュルケが!タバサが! 岩は巨人となり、土の鎧に身を固め、あのときの土のゴーレムに変形した。 思わず、ルイズは杖を振ってルーンを呟いていた。みんなの敵だ!考えることなく行動していた。 ゴーレムの表面で何かが弾ける。爆発――ルイズの魔法だ!その魔法で気づいたのかゴーレムが振り向く。 周囲が暗くなる。どごごぉおおおおおん、と大地を揺るがす音。まるで地震のように森が揺れる。 なんて巨大な足音だ。こんなものに踏み潰されればとても生きてはいないだろう。 せめてもう一太刀、と思い杖を持ち上げようとするが、身体がすくんで動かない。 ゴーレムが踏み潰そうというのか、ルイズに向かって足を踏み出す。 ああ、ここで死ぬんだわ。そう覚悟を決めたルイズ。その目に飛び込んできたのは…… ゴーレムが突然伸び上がった地面に絡みつかれてもがいている。溶けたゴムに飛び込んだネズミのようだ。 ミス・ロングビルの魔法だろうか!?そう思うルイズの視界に飛び込んだのは、逃げろと手を振るビッグ・ファイアたち。 生きていたんだ!ほっとするも、ここでひるんでなるものかという思いが沸きあがる。だが、自分の攻撃は通用しそうにない。 別の地響き。背後だ。振り返るとそこには鉄のゴーレムがいた。 フーケはまだ隠し玉を持っていたのか。あるいは仲間のうちの一人のゴーレムなのだろうか。 さすがにこちらまでミス・ロングビルは手が回らないだろう。ルイズを一気に絶望が覆う。 鉄のゴーレムが拳を振りかぶる。背後で土のゴーレムの気配。 ああ、もう駄目だ。覚悟を決めてぎゅっと目を閉じる。 ズ ウ ン 拳が、土のゴーレムを貫いた。 空中に吹っ飛び、地面でバウンド。そのまま数十メートルも気をなぎ倒しながらすべる。 「ロプロォォォォォォス!」 バビル2世が大きく叫ぶ。 突風がへし折られた木を吹き飛ばしながら、ビッグ・ゴールドに迫る。 キ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ン 巨大な翼が、耳をつんざく奇音を響かせながら、ビッグゴールドをその両爪で捉えた。 そのままビッグ・ゴールドを抱え揚げ、天高く舞い上がる。 高い。 そのまま2つの月に届いてしまうのではないだろうか。 「ロプロス!そいつを突き落としてしまえ!」 命令に従いロプロスはビッグ・ゴールドを突き放した。 なすすべなく自由落下し、地面に激突するビッグ・ゴールド。腕が吹っ飛び、足が砕け、全身が粉々になる。 「どうだ。これでもう動けまい。」 あとはフーケを捕らえるだけだ、とローブをかぶって変装したロングビルを睨みつけるバビル2世。 ロングビルはあっという間の出来事に、腰が抜けてへたり込んだ。 「な、なんなのよ……あれは……。」 「教えてやろう。」 天空を舞っていた巨大な鳥が、ビッグ・ゴールドの残骸の上に踏み潰しながら舞い降りた。 「空の覇者、怪鳥ロプロス。」 鉄のゴーレムが、キュルケとタバサを守るようにその眼前に歩を進める。 「海の支配者、ポセイドン。」 ルイズの足元が盛り上がって、大きな黒豹に変身する。 「そして黒豹ロデム。」 「とうとう出たな……」 その光景をわずかに離れたところから見る奇妙ないでたちの男が呟いた。 「3つのしもべ!」 前へ / トップへ / 次へ
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (40)悲哀の歌 「……? 確か学院でルイズと一番仲良くしていらしたのが、キュルケさんだと思っていたのですけれど……?」 その言葉にルイズは気まずそうに視線をそらし、キュルケは大げさに肩をすくめて見せた。 「……あら?」 暫しの沈黙の後、アンリエッタは自分が何か微妙に勘違いしていることに気がついた。 「ええと、報告書にそう書いてあったものですから……わたくしの勘違いでしたら、お二人に不快な思いをさせてしまいましたね」 オロオロとした態度で慌てだした女王に、今度は傅いたままのルイズが慌ててフォローをした。 「ち、違うのです陛下! 私とツェルプストーは、あの、その……なんというか、えぇと、」 が、突然すぎて口が回らない。 「まあ、ある意味で仲が良いとも言えるわね」 そんな風にテンパって口が回らないルイズに、キュルケが涼しい顔で助け船を出した。 「喧嘩する程仲が良いとも言うしね」 「そ、そうです! 私たち、こう見えても仲良しなのです! ……微妙に」 「……あー、オホンッ!」 そんな風に場が和んで緊張感が切れかけたところで、咳払いが一つ、部屋に響いた。 ルイズが音がした方を見やれば、アンリエッタの後方側面にあるドアの前に、痩せすぎた白髪頭が立っていた。先ほどの咳は彼のモノに違いない。 マザリーニ枢機卿である。 「ああ、わたくしとしたことが、話が横道にそれてしまいましたね」 側近の存在にきりりと表情を引き締めたアンリエッタが、首を動かしてキュルケに向かい口を開いた。 「ミス・ツェルプストー、ミスタ・キーナン、ミスタ・ヘンドリック、暫し退室願えますか?」 扉が閉まる。 三人が側仕えの騎士に連れられて退室したことを確認すると、改めてアンリエッタはルイズに対して佇まいを直した。 「あなたをここに呼んだのは、勿論彼女との再会を喜んでもらうという向きもありますが、それ以上にこれまでのこと、そしてこれから起きることを、あなたに知っておいて欲しいからなのです」 そう涼やかな声で語るアンリエッタからは、ある種の悲壮感のようなものが感じられた。 「陛下……」 「聞いて下さい。……虚無のルイズ」 「陛下」 その物言いに、すかさずマザリーニから鋭い制止が飛んだ。 「分かっています」 その言葉にアンリエッタは真顔で頷いて応える。 今のアンリエッタの立場は、彼女こそが虚無の祝福を受けたという前提あってのものなのである。 どこに人の耳があるか分からない場所、それも他国の人間がいる場所で、そのことを覆しかねない発言をするというのは、不用心にも程がある。 マザリーニは顔にこそ出さないものの、その内では肝を潰す心持ちであった。 女王は親友であるヴァリエール家の三女に負い目がある。無論マザリーニにも、先ほどの言葉がそれ故に出た彼女の美徳と分かってはいる。しかしそれでも胃が痛むのは変わらない。 「トリステインは、近くアルビオンが駐留するゲルマニア領内に向かって軍を進めます」 アンリエッタが、正面を、ルイズを見据えて落ち着いた口調で語り始めた。 「敵の戦力はこちらの約十倍以上、加えて死者を兵士として戦わせているという、我々が対峙したことない未知の敵でもあります。正面からトリステイン王国単体でぶつかって、勝ち目が無いのは明らかです。 ですから我々は、ガリア王国、ロマリア連合皇国にも協力を願い、加えてゲルマニア領内に残る帝国残留軍や周辺国諸国とも連携し、対アルビオンの連合軍を結成してことの対処にあたるべきであるとの結論を下しました。 幸い、最大の難関であると思われていた敵側同盟国であるガリア王国は、条件付きで交渉の席に着く約束をしてくれました。 その条件というのが『交渉の席におけるロマリア教皇の出席』です。 ロマリアは開戦当初から、中立を宣言していますが、それでも我々は誠意を持って交渉に当たり、彼らを我々の場に引き入れなくてはなりません。 その為に我々は、先の緒戦で実際にアルビオン軍を戦闘を行ったモット伯爵を特使として派遣することを決定しました。そして更に、ゲルマニアからもロマリア説得の為に、特使を派遣していただきました。 それがキュルケさん、彼女です」 そこで言葉を句切り、アンリエッタは一瞬、躊躇うような表情を見せたが、すぐに思い切ったような顔で言葉を続けた。 「ミス・ツェルプストーはゲルマニア国内で、何度もアルビオン軍と交戦した経験を持つ、優秀なメイジなのだそうです。モット伯爵とキュルケさんの二人には、ロマリア教皇を説得し、彼らがこちらの側につくように交渉をしていただく予定です」 語り終えたアンリエッタが、深く椅子に座り直して深く息を吐いた。 ルイズにはその所作で、彼女が多忙を極めているということの一端を感じられたが、それ故に分からないこともあった。 「陛下、よろしいでしょうか」 アンリエッタがこくりと頷いた。 「陛下のお考えは分かりましたが、なぜそのことをお話になるのですか?」 ルイズは昨日、お忍びでアカデミーへと足を運ぶアンリエッタの元を訪れるようにと王宮からの手紙を受け取っただけなのである。 いきなり国の命運を左右するような大事を語られても、驚きはあったが正直なところルイズにはピンと来なかった。 何よりも、大切な女王陛下の貴重な時間が自分の為に割かれたことが心苦しかった。 「ルイズ……戦が始まれば、私はあなたに頼らねばなりません。 この度の戦、その勝敗を決するのはあなたの虚無の力に他なりません。故に、わたくしはあなたに時に死ねと言わねばならないかもしれません。 ですから、だからこそ……。わたくしは、自身の口からあなたにこれからのことを伝えて、知って貰わねばならないと思ったのです。 何も知らないあなたを利用するということを、弱いわたくしには出来そうにありませんでしたから……、いえ、これも自己満足の為の行為ですね、でも……」 「ミス・ヴァリエール」 顔を伏せて、感情を抑えて、声を小さくしていくアンリエッタの代わりに、彼女の背後に控えたマザリーニがルイズへと声を掛けた。 「女王陛下はお疲れのご様子。今日のところはこれくらいにして、お下がりください」 ルイズはマザリーニの言葉に労りの気配を感じとると、小さく頷いて無言のままにその場を後にしたのだった。 「思ったよりも元気そうじゃない」 扉から出たルイズに、声が掛けられた。 「ここで待ってたの? 良く衛兵が許したわね」 「ああ、彼ならキーナンとヘンドリックを部屋に連れて行く為について行ったわ。どっちかというと連れていかれたって感じだったけどね」 壁に寄りかかりながら待っていたキュルケが、ルイズに向かってそう言った。 「キーナンとヘンドリック? さっき一緒にいたあの二人?」 「そ。四角い顔がヘンドリックで、甲冑姿がキーナンよ」 ルイズは二人の姿を思い出す。 一人は野戦でも終えてきたかのような肌を露出した服を着ており、その上からでも分かる筋肉質な体に、刈り込んだ黒髪。どことなく雰囲気はウェザーライトⅡで襲ってきたメンヌヴィルという傭兵を思い出させる風体。四角い顔というのは彼の方だろう。 もう一人は建物の中だというのに、年代物の真っ黒な全身鎧を着込んでいた長身。まるで戦場からそのまま抜け出してきたかのような風体。 体はともに大柄。 どことなく違和感を感じてしまうのは、ここが戦場ではないからだろうか。 「モンモランシーがあんたのことを酷く心配していたわよ。ここに到着したばかりでクタクタだった私を捕まえて、いきなりそんなことを言うもんだから、びっくりしちゃったじゃない」 「……別に、大したことじゃないわ。私にも色々あったのよ。それはそっちも同じでしょ」 そう言って、ルイズは改めて目の前に立つキュルケの格好を確認した。 当たり前だが、今のキュルケはマントの下に以前と違って学院の制服は着ていない。 彼女が着ている服は、彼女が以前に好んできていたような胸元が大きく開いたような露出の多いタイプではなく、どちらかというと実務的な軍服に近い服装である。 色は全体的に黒でまとめられており、所々に女らしい配慮や装飾があるもの、基本的には軍人然とした格好である。 そして、ルイズは以前との最大の違いである、短くなったキュルケの赤髪をちらりと見た。 「ああ、これ? これこそ大したことじゃないわよ。単なるおまじないってところ」 「……ふうん」 単なるおまじないで、あの美しかった髪を切ることがあるのだろうかと、ルイズは思った。 ルイズはキュルケが自分の長い髪を大切にしており、丁寧に手入れしていたのを知っていた。 「あんまり人に心配ばかりさせるんじゃないわよ」 「モンモランシーが心配しすぎなのよ。本当に大したことじゃないんだから」 「……まあ、いいけどね。私は明日にはロマリアへ向けて出発するから、何かあるならそれまでに部屋へ来て頂戴」 「明日? ずいぶんと早いのね」 「早い? むしろ遅いくらいだわ。本当なら今すぐでもロマリアへ向けて出発したいところよ。でも、ロマリア行きの船が明日にならないと準備できないって言われたのよ。だから、まあ……しょうがないわね」 思わぬ強い言葉で反論されたルイズが目をぱちくりさせると、キュルケは手を振って再び軽い調子で言った。 「あんた達の為って訳じゃないけど、頑張ってロマリア教皇のハートはがっちり掴んできてあげるから、明日の朝の見送りくらいは、顔出しなさいよね」 そう言うと、キュルケは身を翻してその場を立ち去っていった。 その足音を聞いて、ルイズはキュルケの靴が以前良く履いていたヒールではなく、ブーツを履いていたことに気がついたのであった。 ロマリアへの特使を乗せる船には、トリステインにおいて現在、最も足の速い一隻が選ばれていた。 つまり、それは飛翔艦ウェザーライトⅡである。 ドミニア最高峰のアーティフィクサーが設計開発を行った最新鋭艦、ウェザーライトⅡ。 例え最大の特徴であるスランのエンジンの修理がまだ完了していないとしても、風石炉と、それに連結した飛翔機構を有するフネはハルケギニアにおいて他になく、彼の船がトリステイン最速の船であることは変わりなかった。 そして、そのブリッジでは、コルベールが舵を握っていた。 「現在航路は予定通りに消化。順調すぎるくらいに順調ですね」 そのままの姿勢で、コルベールが前方の床に据えられた、黒く四角い箱に向かって話しかけた。 これは彼が発明した蓄音機という、音を記録するという機械である。 両手が使えない操舵の最中に記録を取る方法として、コルベールが自身の手で船に取り付けたものだった。 朝方アカデミーを出発したウェザーライトは、トリステイン特使とゲルマニアの特使の二人を乗せて、今はガリア領の上空を飛行している。 二基の風石炉は好調そのもので、このまま何事も無くすんなり進めば、昼頃にはロマリアへと到着する見通しであった。 出発当初は緊張して舵を取っていたコルベールも、今では落ち着いて操舵をしている。 この船はコルベールとウルザが協力して造ったといえども、主要な機関の殆どはウルザが一人で作り上げたものである。 操縦だけとはいえ、フネを操る経験の無い彼が緊張してしまったのも無理ないことであった。 何せ、現在この船にはいま一人の設計者であるウルザはこの船に乗っていないのである。 正確には、今この船には、コルベールとモット伯爵、キュルケ、それにお付きの二人しか搭乗していないのだ。 本来舵を取るべきウルザは、トリステインを離れられない事情とやらがあるらしく、その役目をコルベールに譲って、今もアカデミーに残っている。 つまり実質的に乗務員はコルベール一人。それでも問題なく航行可能であるのは、やはりこのフネの特筆すべき特性であるといえよう。 微かな機械の駆動音がするだけの、静かなブリッジ そこにただ一人立つコルベールは、右から左へと周囲を見渡した。 そして彼は少しだけ、寂しい、と思った。 機関部へ行けば黙々と作業をしている自動人形達も居るが、魂無き彼らと共にいて慰められるような、彼が抱いたのはそんな感傷ではなかった。 平均的なハルケギニアの船よりかなり広く取られた、ウェザーライトのブリッジスペース。 前方は全面が硝子のような透明な素材がはめ込まれており、視界は良好。青い海原を雲が後ろへと流れていくのが、存分に眺められる。 開放感溢れる広々とした空間、そこに独りで居るということに寂しさと、ほんの少しの心細さを感じてしまう。 以前の、学院に身を置くより前のコルベールには無かった感情である。 「……良くも悪くも、時間は過ぎ去ったということですね」 トリステイン魔法学院、そこでコルベールは沢山の人に触れた。 騒がしい教室、賑やかな食堂、気さくな教員達、そして、素晴らしい生徒達。 学院という場所では、一度として同じ時間が繰り返されることはない。 生徒達は一年で進級し、三年で卒業していく。 春になれば成長した彼らが巣立っていき、そして希望に満ちた彼らが学院の門をくぐって来る。 同じ教室、同じ授業、それでも一度として同じ生徒達に語ることはない。 一期一会。 ただ一度の出会いは、代わるもののない、かけがえのない出会い。 トリステイン魔法学院、そこで、人との繋がりに対して無感動だった機械のような男は、人との出会いに喜びを覚える暖かな人間になっていった。 そしてそこで、彼はいつしか教師こそが己が天命と思うようになっていた。 そんなコルベールの周りには、いつも人が居た。 生徒、同僚、学院で働く平民達、彼はそれぞれに分け隔て無く接した。 確かに変人と言われることもままあった。 けれど、『教師とは人を大切にする仕事』そんなことを真顔で言う彼に、多くの人は好感を抱いてくれた。 いつの間にか、無意識に己の手のひらをじっと見ていたコルベールは、天井を見上げて静かにその瞼を閉じた。 暗転する視界、そこに焼き付いたように浮かび上がったのは、 〝燃えさかる魔法学院〟〝タングルテールの小さな村〟 そして、笑い声を上げるかつての部下。 『隊長殿』 彼はコルベールのことをそう呼んだ。 決別したはずだった。 この二十年で、忘れたはずだった。 しかし、それは思い違いだった。 過去はいつまでも、追いかけてくる。影のように、足音を立てずに追いかけてくるのだ。 「隊長……」 だから、そう声を掛けられたとき、コルベールは最初それを幻聴だと思った。 「コルベール隊長」 二度目の呼びかけに、コルベールが慌てて背後を振り返った。 ブリッジと船内を繋ぐ扉の前、そこに二人の人影が立っていた。 コルベールには見覚えのない二人組であったが、すぐに心当たりを思い出した。 (そう言えばこのフネには、ミス・ツェルプストーと一緒に搭乗された人たちが……) そのことを思い出すと、コルベールは二人を見た。 二人は共に大柄。身長はコルベールより拳一つ以上高いだろう。 一人はマントを羽織った傭兵風の服装をしており、体つきは筋肉質で、精悍な顔つきで髪は黒の角切り、そこにいるだけで濃厚な戦場の臭いが漂ってくる様な男。 もう一人はそれに輪をかけた様な物騒な姿。体はここ数百年で見なくなったような古めかしい形の黒い全身鎧をに纏っており、身長は横にいる男よりも更に高い。 元々長身なのか、被っている甲冑の頭立てにつけられた後ろへ流された羽根飾りが、扉の頭にぶつかってしまいそうな程である。 特徴的な男達だが、やはりコルベールの記憶に、彼らの姿はない。 「まさかとは思いましたが、やはり隊長でしたか……」 しかしコルベールは角刈りの男の方が、低い声で自分に向かってそう口を開いたのを聞いた。 「君は、誰だね……?」 男はコルベールを知っているらしいが、コルベールには覚えがない。 ましてや自分を『隊長』と呼ぶ人間は…… 「隊長、自分はヘンドリックであります。アカデミーの実験小隊所属でご一緒した、ジェローム・ヘンドリックであります」 「な……」 その言葉にコルベールは目を見開いて、手を口に当てた。 ジェローム・ヘンドリック。その名は確かに聞き覚えがあった。 かつてコルベールが所属した実験小隊、その中で年少だった青年の名が、確かにその名前であった。 「お嬢から名前を聞いてまさかとは思いましたが……本当に隊長であったとは、自分も驚きです」 そう言ったヘンドリックの姿を、コルベールは改めてまじまじと見た。 コルベールが記憶しているヘンドリックは、髪を後ろでお下げにしており、体も印象も、もっと頼りないものであった。 二十年という歳月の積み重ねに、コルベールは驚きを隠せなかった。 「……自分は、だいぶ変わったつもりですが、隊長もずいぶんと変わられたようにお見受けします」 「ああ、いや。たはは……」 そう言ってコルベールは無理矢理表情を作り、ぎこちなく笑うと、自分の頭部をぺちんと叩いた。 その仕草を見て、表情を堅くしていたヘンドリックも、軽く笑みを浮かべる。 「隊長はあの後も、ずっとトリステインに?」 「あ、ああ。それと隊長はよしてくれ、コルベールで構わないよ……。うん、私は魔法学院のオールド・オスマンに拾われてね、それ以来これまでずっと教師として生きてきたのだよ。……そう言う君は?」 気まずそうにヘンドリックの足下を見ながら、コルベールは言葉を返した。 副長であったメンヌヴィルの、あの狂炎の魔人とでも言うべき狂態とは違う柔らかな対応に、最初は強くショックを受けていたコルベールも、やや平静を取り戻しはじめていた。 「は。自分もあの事件の後、隊長……コルベール殿と同様に隊を抜けまして、十年前までは傭兵として暮らしていました」 「十年前まで? それからは?」 「いや、それからはお恥ずかしい話になるのですが……」 巌のような顔を崩して、ヘンドリックが笑った。 笑うと子供のような顔になる、昔誰かがヘンドリックをそう揶揄していたのをコルベールは思い出した。 「ゲルマニアで好きな女ができまして……。それからは傭兵稼業から足を洗い、下級貴族の位を買って、慎ましやかに暮らしておりました」 そう語るヘンドリックは、本当に幸せそうだった。 その顔を見てコルベールは思った。 ああ、この男も、それまでの時間を取り戻すような良い時間を送ったに違いない、と。 しかし、ヘンドリックはそこで言葉を切り、顔を元の巌に戻した。 そして 「その妻も、先のアルビオンの侵攻作戦で亡くなりました」 必要以上に平坦な声で、続けた。 その言葉にコルベールがたじろぐ。 幸せそうに家族を語った男が、石のような堅い声で語ったその言葉に、どれだけの悲しみと苦しみを込めているかを感じ取ったからだ。 だが、次にヘンドリックが取った行動こそ、コルベールを驚かせた。 「隊長。……いや、ミスタ・コルベール。自分は貴男にお願いがあってこの場に参りました」 そう言うと、ヘンドリックはその場にがばりと身を伏せて、頭を床に着け土下座したのである。 突然の行動に驚きを隠せないコルベールに、ヘンドリックは続けて言った。 「お嬢は、あの娘はコルベール殿の教え子だと伺いました。だからこそ、貴男に、我々と同じ境遇のコルベール殿に後のことを託したくこの場に参上しました!」 続いてガシャンと大きな音がし、コルベールがそちらを見やれば、甲冑姿の方も、ヘンドリックと同じ姿勢をとっていた。 「恥を忍んで、お願い申し上げます! 我々がもしも果てたならば、後のことを、お嬢のことをコルベール殿に頼みたいのです!」 その鬼気迫る勢いに、コルベールが一歩たじろいだ。 「な、何を言っているんだ君達は……今の私は、しょせんただの教師で……」 「だからこそ! 教師としてのあなたに頼むのです。コルベール殿の信念と、教師という人生と、この二十年を信じて頼むのです!」 男の声に、涙が混じった。 「元々、我々はお嬢を指揮官にした、爵位が与えられた元傭兵が集まった使い捨ての部隊でありました。そして全員が、アルビオンに大切なものを奪われた者達でもありました。 そして、同じ傷を持つ我々は、共に戦いました」 慟哭。 いつしか、男の声色は懺悔のそれとなった。 「戦いの果て、一人減り、二人減り。最初お嬢を含めて八人だった小隊も、今では自分達二人とお嬢の三人だけとなってしまいました。……お嬢はそのことを、自分の責任として背負い込もうとしているのです。 あのお嬢さんは、優しい娘です。本来自分達のような血生臭い世界にいちゃいけない娘です。 両親の復讐なんてものに、人生を滅茶苦茶にされてはいけない娘なのです! 咎があるのは我々七人。まだ戻れる彼女に、もう戻れないと錯覚させてしまった我々七人。 彼女は違う、自分達のような首までどっぷりと血の池に浸かってしまっている人間とは違う。彼女はまだ、道を踏み外していない。地獄へ落ちるのは、我々七人の仕事、だから彼女には、生き残って元の生活に戻って貰いたいのです」 二人が、同時に面を上げた。 ヘンドリックの瞳に宿っていたのは、決意という名の静かな炎。 ヘルムのバイザーごしに見えない、もう一人もきっと同じ目をしているに違いない。 こんな目をした男達を、コルベールはかつて何度か目にしたことがあった。 だからこそ、彼には分かった。 『この男達は、死ぬ』 彼らの覚悟は決死の覚悟。 それは死を賭して、彼女の体を守ろうという鋼鉄の意志だ。 そして、彼らがコルベールに託そうとしているのは、彼女の心を守るという役目だ。 「私は……私は……」 コルベールは彼らが託そうとしているものの重さに気付き、戦き、 その何も掴めぬ両手で、顔を覆った。 その内に去来するのは、 ――あなたは、私の知ってる先生なんかじゃないっ!―― 愛すべき、生徒から向けられた弾劾の言葉。 コルベールの心に刺さった、棘のような恐怖。 「私はっ !」 臆病なコルベール、逃げ続けてきたコルベール。 己の過去を、恐れ怯える。 哀れな罪人。 ――『詩人の歌』 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページゼロのアトリエ トリステインの王宮は、物々しい雰囲気に包まれていた。 隣国アルビオンを制圧した貴族派『レコン・キスタ』がトリステインに侵攻してくる、 という噂がまことしやかに流れていたからだ。 よって王宮の上空は幻獣、船を問わず飛行禁止令が出され、衛士隊の警戒は最高潮であった。 そんな時だったから、王宮の上に一体の風竜が現れた時、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。 当直のマンティコア隊衛士が一斉に飛び上がり、警告を発する。 しかし、風竜はその警告を無視して中庭に降り立ち、 さらに風竜の影から板、そしてホウキに乗ったメイジが姿を現した。 風竜に乗っているのは金髪の少年と燃えるような赤毛の女、そしてメガネをかけた小さな女の子。 ホウキに乗っていたのは桃色の髪の美少女であり、 少し気まずそうに板を小脇に抱えているのは茶色の髪をした妙齢の女性。 ラ・ロシェールから直接王宮に向かった、ヴィオラートたちご一行であった。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師25~ マンティコアに跨った隊員たちが、5人を取り囲んだ。 腰からレイピアのような形状をした杖を引き抜き、一斉に掲げる。 いつでも呪文が詠唱できるような姿勢をとると、髭面の隊長が大声で怪しい侵入者達に命令した。 「杖を捨てろ!」 一瞬、侵入者達はむっとした表情を浮かべたが、青い髪の小柄な少女が首を振って言う。 「宮廷」 一向は仕方なくといった面持ちでその言葉に頷き、命令されたとおりに杖を地面に捨てる。 「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」 その問いに、ホウキを持った桃色の髪の少女が進み出て、毅然とした声で名乗りをあげた。 「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。姫殿下にお取次ぎ願いたいわ」 隊長は口ひげをひねって少女を見た。ラ・ヴァリエール公爵夫妻なら知っている。高名な貴族だ。 「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」 「いかにも」 ルイズは、胸を張って隊長の目を真っ直ぐに見据える。 「なるほど、見れば目元が母君そっくりだ。して、用件を伺おうか」 「それは言えません。密命なのです」 「では取り次ぐわけにはゆかぬ。用件もなしに取り次いではこちらの首が飛ぶ」 困った声で、隊長が言う。 ルイズも困って、思わずヴィオラートのほうに視線を泳がす。 ヴィオラートは少し考えて、良さそうな回答をひねり出した。 「ルイズちゃん、『水のルビー』があるじゃない」 「あ、そうね」 ルイズは懐を探り、預かりものの『水のルビー』を取り出す。 「姫殿下より、身の証にとお預かりした『水のルビー』です」 そう言って水のルビーを指に嵌め、輝きを見せ付けた。 沈黙して水のルビーを見つめる衛士たちに、 ようやく納得してもらえたかと一息ついたヴィオラートたちだったが、事態は予想外の展開を見せる。 「…失礼かと思いますが、我々の中にその真贋を見分けられる者がおりませぬ」 そう言った隊長の言葉に、とぼけた顔で頷きあう隊員たち。 ルイズ達は思わずあっけに取られ、ヴィオラートの笑顔が笑顔のまま、動きを止める。 「…真贋の見分けがつかないなら、とりあえず『ルイズ・フランソワーズが来た』と伝えて頂ければ…」 「そのような連絡は受けておりませんし、曖昧な用件で取り次ぐわけにはまいりません」 隊長に直接提案したヴィオラートに、衛士たちが一斉に警戒の視線を向ける。 そして隊長はヴィオラートをあえて避け、ルイズに言い放った。 「素性のわからないお連れがいらっしゃるなら、尚更です」 ヴィオラートの笑顔が、『敵意のないことを表現する』微笑へと進化を遂げた。 それを見たルイズはヴィオラート本人以上に焦り、言わなくて良い事を口に出してしまう。 「わ、ワルドの裏切りについて、至急報告しないといけないの!だから、はやく姫殿下にお取次ぎを…」 その言葉を聞いて、隊長は目を丸くした。 ワルド?ワルドというのは、あのグリフォン隊のワルド子爵のことだろうか? そのワルドが、裏切り?どういう意味だ? 隊長は、ワルドとルイズたちを天秤にかけ…隊長なりに、結論を下す。 同じ場所で働き、知己もあったワルドと、実際に会うのは初めてのルイズ。 隊長がその決断、間違った決断を下したのも、まさに当然と言ったところであったのだろう。 「貴様ら何者だ?とにかく、殿下に取り次ぐわけにはいかぬ」 隊長は杖を構えなおし、硬い調子で言った。話がややこしくなりそうだった。 「あの、あたしたちは杖を捨てたわけですし、お姫様もそんな少しの手間を惜しむような人じゃ…」 最後まで和解の道を探ろうとするヴィオラートの言葉に、しかし隊長は目配せを交わす。 一行を取り囲んだ魔法衛士隊が、再び杖を構えた。 「連中を捕縛せよ!」 隊長の命令で、隊員たちが一斉に呪文を唱え始める。 「ヴィ…ヴィオラート?」 「大丈夫…お城は、傷つけないから」 不安げなルイズの視線にヴィオラートが素早く答え、バッグから…青く冷たく光る何かを取り出そうとした時。 「お待ちなさい」 けして大きくはなく、しかし良く通る声が中庭を通り抜ける。 ルイズの帰りを今か今かと待ちわびる、アンリエッタその人であった。 キュルケとタバサ、そしてギーシュを謁見待合室に残し、 アンリエッタはヴィオラートとルイズを自分の部屋に入れた。 小さいながらも精巧なレリーフがかたどられた椅子に座り、アンリエッタは机にひじをつく。 ルイズは、アンリエッタに事の次第を報告した。 道中、キュルケたちが合流した事。 フーケに襲われた事。 アルビオンに向かう船に乗ったら、空賊に遭遇した事。 その空賊が、ウェールズ皇太子だった事。 ウェールズ皇太子に亡命を勧めたが、断られた事。 そして…ワルドと結婚式を挙げるために、脱出船に乗らなかった事。 結婚式の直前、ヴィオラートがワルドの裏切りを暴き、追い払った事。 しかし、無事手紙は取り返してきた。ゲルマニアとの同盟は、守られたのだ… そこまで聞いたアンリエッタは、深い悲しみを滲ませて、思わず呟きを漏らす。 「あの子爵が…まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて…」 姫はすっと立ち上がり、ヴィオラートの手をとって…泣いた。 「本当に…本当にありがとうございます、ヴィオラートさん。貴女は裏切り者を使者に選んだわたくしを、 この愚かなわたくしを、ウェールズ様の殺害という罪から救ってくださいました…」 はらはらと涙を落とすアンリエッタに、ヴィオラートは首を振る。 「王子様は…元から死ぬつもりでした。もう、今頃は…」 「それでも…それでも、何回感謝してもし足りるという事がありません…」 しばし、王女のすすり泣く声だけが部屋に響く。 熱い湯が冷水になるほどの時間が経ち、ようやくアンリエッタは落ち着きを取り戻した。 「皇太子は…ウェールズ様は、何と仰っていましたか?」 ヴィオラートは一字一句違えることなく、淀みなくウェールズからの伝言を伝える。 「ウェールズは最後まで勇敢に戦って死んだと。そう伝えてくれと」 寂しそうに、アンリエッタは微笑んだ。薔薇のように綺麗な王女がそうしていると、 空気まで沈鬱に沈むようだった。ルイズは哀しくなった。 「…姫様、これ、お返しします。」 ルイズはポケットから、いったんしまった水のルビーを取り出す。 「それは貴女が持っていなさいな。せめてものお礼です」 「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」 「…ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタは哀しそうに、小さな声を絞り出して言葉を放つ。 「それは、ウェールズ殿下との約束の証なのです」 ルイズはもう、それ以上何も言えなかったので。 だから無言で、貰った水のルビーを、ポケットに戻した。 王宮から魔法学院に向かう空の上、ルイズは黙りっぱなしだった。 キュルケが何やかや話しかけてきたが、ヴィオラートも喋らない。 「なあに、教えてくれないの?あの子爵が裏切り者とか、わけわかんないじゃない?」 そう言って、ヴィオラートに気だるい視線を送る。 「でも、ヴィオラートがやっつけたのよね?」 「うん。でも、逃げられたし…」 「それでも凄いわ!ねえ、一体どんな任務だったの?」 「うーん…」 ヴィオラートはにんじんを頭に当てて考える。ルイズが黙っている以上、話すわけにはいかない。 その様子を見たキュルケは、つまらなそうに嘆息し、挑発した。 「ルイズ、ゼロのルイズ!なんであたしには教えてくれないの!ねえタバサ、バカにされてると思わない?」 キュルケは、本を読んでいるタバサを揺さぶった。タバサの首が、がくがくと揺れる。 ルイズはそれを見て、ようやく求める答えを少しキュルケたちに与えた。 「…大体予想はついてるんでしょ?」 それだけで、キュルケと…タバサは大方の事情を悟る。 「まあ予想はつくけど。じゃあやっぱりその手紙ってのは、アレね」 「うん、そのアレかな」 ヴィオラートの肯定に満足したキュルケは、「そっか」と呟いただけで、静かになった。 その静寂に取り残されたギーシュは、急に静かになった女性陣をきょろきょろ見渡した後、 今がチャンスとばかりに自らの疑問を口に出す。 「その…ミス・プラターネ?」 あらたまった口調で…とりあえず、一番話しやすそうなヴィオラートに問いかける。 「姫殿下は、その、何か僕のことを噂しなかったかね?」 ヴィオラートはちょっとギーシュがかわいそうになった。 今の暗黙の了解を一人だけ理解できていないというのもそうだが、 アンリエッタはギーシュの『ギ』の字も話題に上らせなかったからだ。 「頼もしいとか、やるではないですかとか、追って恩賞の沙汰があるとか…」 「ギーシュくんは、頑張ったよね」 それだけ答えると、ヴィオラートはいつもの笑顔に戻って、黙り込んだ。 「その、何か噂しなかったかね?」 「…」 「その、姫殿下は、ぼくのことをなんと評価してたかね?」 ヴィオラートは笑顔のままわずかに首を傾げ、答礼を返す。 「もしかして密会の約束をことづかってある、とか…」 今度は逆側に、首を傾げた。 ぽかぽかと太陽が照らす中、二人のやりとりは魔法学院にたどりつくまで続いたという。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁19話「アルビオンへ」 マザリーニ枢機卿は、鳥の骨と呼ばれる程の骨ばった指を額に当て、深く嘆息する。 ため息の理由は近衛兵の報告。 女王として即位してから随分自覚が出てきたと喜んでいたアンリエッタ女王が、夜更けに城を抜け出したとの報告を受けたせいだ。 君主が、夜中に、ロクな護衛も付けず、近侍の者すら騙して、城を抜け出すなどと余りの情けなさに腰が砕けそうになる。 当然のごとく護衛を付けるが、女王には気付かれぬよう気をつける。 何のつもりかはわからぬが、どうせ公表出来ぬようなロクでもない事だろう。 近衛の優秀なメイジならば、アンリエッタが何をどうしようと完璧なまでに任務を遂行出来よう。 ワルドが引き抜こうとした者も何人か居たが、断固として拒否した連中だ。こういう時にこそ役立ってもらわねば。 数刻後、後を付けた者から報告を受けたマザリーニは、 部下の前だというのに執務机に突っ伏してしまいそうになるほどの絶望を味わう事になる。 オールドオスマンは大公夫人誘拐以来、常に臨戦態勢を解いていなかった。 出来れば教師達にもそうさせたかったのだが、いらぬ疑いを招く事にも繋がるので、 周囲への警戒には宝物庫のマジックアイテム等を用いていた。 そんなオールドオスマンの警戒網に、一台の馬車が引っかかる。 夜半過ぎにわざわざ学院に来る馬車、それも偽装しようとしてはあるが、城で使っているような高価な馬車である。 非公式の使者とも思ったが、馬車から出て来たのは小柄な者が一人のみ。 向かう先は学院生徒達の眠る宿舎となれば逢引か何かとも思えたが、あの高価すぎる馬車でというのは少々不自然だ。 顔が見えぬようフードを目深に被っているが、こちらはマジックアイテムだ。 遠見の魔法が使えるマジックアイテムで侵入者の顔を確認する。 「…………は?」 いやいやいやいや、無い。あれは無い。 マジックアイテムが壊れた。そうに違いない。 試しにと密かに目を付けていた新入生女子の部屋を映し出す。 寝室であどけない寝顔を晒していると思われた、清楚な雰囲気が愛くるしいその少女は、机に向かって一心不乱に筆を走らせていた。 鬼気迫るその表情からは、とても授業時の可憐さは想像出来ない。 机の前の壁に貼り付けられた「締め切り厳守」の張り紙が、何かなんていうか、もういいやって気にさせてくれた。 どちらも見なかった事にしたい映像だったが、いつまでも現実逃避してる余裕も無いので、再度映像を侵入者に向ける。 侵入者は、事もあろうに問題児筆頭、またお前かなルイズ・フランソワーズの部屋に入って行った。 そんな彼女が部屋に入るなり唱え始めた呪文。 「いかんっ!」 大慌てでマジックアイテムの効果を切る。ギリギリ間に合ったと思われる。 侵入者はディテクトマジックで周囲を探る魔法を感知しようとしていたのだが、 そんな用心深さも、覗きの達人オールドオスマンを捉える事は出来なかった。 仕方無くモートソグニルを派遣し、状況を把握させる。 あの馬鹿娘を放っておいたら、何されるかわかったものではないのだから。 考えうる最悪の組み合わせ。 オールドオスマンならばそう評したであろう、アンリエッタ女王とルイズの邂逅。 突然の訪問に驚くルイズを、アンリエッタは嬉しそうに抱き締める。 「お久しぶりルイズ。元気だった」 「じょ、女王陛下。一体どうして……」 「ふふ、城を抜け出して来ちゃった」 「そ、そのような事をしては……」 流石のルイズも動転してしまう。 アンリエッタはすっとルイズから体を離すと、ルイズの手を握ったままにこやかに笑う。 「堅苦しい口調は出来れば無しにして欲しいですわ。昔一緒に遊びまわったように、もっと楽にしてくれると私も嬉しいです」 畏れ多さもあったが、女王が望んでいた形を瞬時に察したルイズは、堅苦しさを少しだけ抜いた、親しげな口調で答える。 そうなれば年頃の女の子が二人である。 バックに花びらが飛び交うような微笑ましい会話が始まる。 思い出話に一しきり花を咲かせた後、ルイズは思い出したようにサンを紹介する。 「こちらが私の使い魔サンです。サン、こちらはトリステインを統べし女王、アンリエッタ様よ。ご挨拶なさい」 旧友が訪ねて来た程度にしか思っていなかった燦は、一瞬だけ小首をかしげる。 「女王? ……それって王様って事ちゃうん? つまりトリステインで一番えらい人って事で……」 「こ、こらっ、女王陛下の御前よ。きちっと挨拶なさいっ!」 慌てるルイズの様が燦に事の重要性を教えてくれた。 突如、燦は腰を曲げ、掌を上に向け、片手を前へと突き出す。 「おひけえなすって!」 余りの大声に、ルイズもアンリエッタも思わず硬直してしまう。 その隙間を縫うように燦の言葉が響く。 「さっそくのおひかえありがとうございます。手前の庭先で恐縮ですが仁義切らせてもらいます。 てめえ生国と発しますは瀬戸内です。海ばかりのつまらない土地ですが、 そんな土地でチンケなヤクザの子として生まれやした。実の親もヤクザ者、 筋金入りのバカヤロウですが渡世の皆様に助けられ、こうしてこの年まで生きながらえてこれました……」 延々語られる燦の流れるような口上に、二人は口をぽかーんと開いたままただただ聞き入っている。 「……どうぞ行末永く御別懇に願います!」 全部が終わった後、数秒の間をおいてアンリエッタは、こくんと頷いた。 「よ、よろしくお願いします」 思わずそんな返事をしてしまったアンリエッタと、もの凄い勢いで燦に掴みかかるルイズ。 「さささささささサン! い、いきなり女王様になんて真似すんのよ!?」 「え? だってルイズちゃんきちっと挨拶しろて……」 「今の挨拶!? 脅し文句じゃなくて!?」 妙に男前な顔になる燦。 「これがヤクザもんの仁義じゃき……見逃したってくれやルイズちゃん」 「いやもう見逃すも何も何処からつっこめばいいのよそれ!?」 喚くルイズだったが、アンリエッタはちょっと顔を引きつらせつつも、燦の挨拶を受け入れた。 「か、構いませんよ。その、ちょっとびっくりしましたけど……えっと色々と変わった使い魔なのですね」 こうしてしょっぱなからばっちり存在をアピールしきった燦は、以後ルイズの命令で黙っている事になるわけだが。 一しきり話した後、アンリエッタは口調をがらっと変え、この部屋に来た理由をルイズに語った。 アルビオン皇太子ウェールズの持つ手紙を回収して来て欲しいと、ルイズに頼みに来たのだ。 「王命として正式に命じる事も出来ぬ、そんな任務です。失敗は許されませんが、成功したとて何も報いる事は出来ません」 「わかりました。任務、必ずや果たして御覧に入れましょう」 即答である。 アンリエッタは、喉元まで出かかった言葉を堪える。 「ウェールズ様への身の証しとして、この水のルビーを持って行きなさい。その上でこの手紙を渡せば話は通じるはずです」 「はっ」 「ウェールズ様以外、トリステインはもちろん、アルビオン側でもこの件を知る者は居ません。それを忘れないように」 「了解しました」 「回収すべき手紙は決して明るみに出してはなりません。 もしトリステインへの帰還が困難となったならば、貴女の責任において手紙を処分しなさい」 注意事項をすべて聞き届けると、一つ気になった点をルイズは問う。 「アンリエッタ様、こちらにいらっしゃるのに護衛をお付けになりましたか?」 「いえ、秘事を知る者は少ないに越した事はありません」 それを聞くと、すっとルイズは立ち上がる。 「では出立の前に、アンリエッタ様を王城へとお送りしたいのですが、お許しいただけるでしょうか」 「必要ありません。貴女は任務の事だけ考えればよろしいのです」 「はっ、出過ぎた真似を致しました」 そうやっている二人は、とてもついさっきまで歓談に興じていたとは思えぬ緊張感に包まれている。 伝えるべき事を伝えると、アンリエッタは部屋を後にする。 ルイズは燦に命じ、キュルケとタバサを呼び、城まで女王に気付かれぬよう護衛を頼みに行かせる。 一人部屋に残ったルイズは、ベッドに腰掛けて任務の背景を想像する。 「わざわざ学院に出向くような真似までして私に、という事は……城に頼れる人物が居ないという事かしら」 思考にふけるルイズであったが、部屋のドアを叩く音で我に返る。 燦が居ないので仕方なく自分で扉を開くと、そこにオールドオスマンが居た。 「スマン。全部聞いた」 ルイズはわざとらしく肩をすくめて見せる。 「……だろうと思いました。オールドオスマンがアンリエッタ様の来訪を見落とすとは思えませんでしたし」 「なんじゃ怒らんのか」 「愛人の件以来、オールドオスマンとは一蓮托生と考えておりますので」 苦虫を噛み潰したような顔になるオールドオスマン。 「じゃったら、ほいほいとそんな任務受けるでない。ワシが見た所、それ相当ヤバイ件じゃぞ」 ルイズは素直に自分ではこの件の裏まで読めないと、オールドオスマンの知恵を頼る。 アルビオンが既に危機的状況に陥っている事、アンリエッタのゲルマニア皇帝との婚約、 ウェールズ皇太子のみしか知らぬ秘事、近しい者にすら明かせぬ事。 ここ最近の女王を取り巻く状況を並べ、オールドオスマンは手紙の中身はアンリエッタがウェールズへと送った恋文ではないかと推察する。 アルビオンの近況とアンリエッタの婚約はルイズも知らぬ事であった。 最近は宝物庫のマジックアイテムをこれでもかと濫用してるらしいオールドオスマンの耳の早さは、 最早大陸一と言っても過言では無いかもしれない。 「トリステイン貴族に断れる訳がありませんわ」 「そりゃまそーじゃがの。条件ぐらい付けぬか」 「……怒りますよ」 「言ってみただけじゃ。さて、どうしたものか……」 「どうもこうも無いでしょう。アルビオンに行って、手紙を受け取って戻って来る。それだけです」 試すようにオールドオスマンは問う。 「反乱軍と出くわしたら?」 「邪魔をするというのであれば、どいつもこいつも叩っ斬るまでですわ」 返答は予期していたのか、諦めたように大きく息を吐く。 「せめてキュルケとタバサは連れて行け。お主とサンのみではキツかろう」 ルイズは心外そうな顔をする。 「私とサンだけでも出来ないとは思いませんが、キュルケとタバサを置いて行った日には、私が二人に恨まれてしまいます」 失敗できぬ任務に赴く、そんな表情ではなく、売られたケンカでも買いに行くかのように、ルイズは不敵に笑って見せた。 タバサとキュルケが戻ると、王女の護衛には別の者が付いて居た事がわかる。 王女に見つからぬよう動いていた護衛は三人程であったが、いずれも腕利きのメイジであったと語る二人に、ルイズはアホな事を問う。 「で、張り倒して来たの?」 タバサは頭を垂れてキュルケの背中をぽんと叩く。キュルケが言えという意味だ。 「そうやって何でもかんでも力づくって癖直した方がいいわよ。トリステイン王宮近衛の連中張り倒してどうすんのよ」 ルイズはとても意外そうな顔をする。 「あら、案外王宮もしっかりしてるのね」 「当たり前よ。アンタ軍馬鹿にしてるでしょ」 「ちょっとだけね。じゃ、私達はアルビオンに行ってウェールズ皇太子に会うわよ」 「どういう話よ」 「ごめん、それ言えないの」 何よそれ、とぼやくキュルケを他所に、タバサは二つ返事で了承し、旅支度を整えるべく部屋に戻る。 「ふん、そういう秘密なお話だったらルイズだけで行けばいいのに」 「それでも良かったんだけどね。そういう訳にもいかないでしょ」 くすくすと笑いながら部屋を後にするキュルケ。 「そうすれば私も貴女に文句言えたのに」 「そうそう隙なんて見せてあげないわよ。ルートは考えておくわ」 ルイズは残るオールドオスマンに後事を頼む。 前後の正確な情報さえあれば、オールドオスマンならば随時適切な判断を下してくれよう。 オールドオスマンの、くれぐれも無茶は避けるようにとの言葉に、ルイズは大きく頭を下げた。 「すみません、多分無理です」 「素直な所以外評価出来んわ! タバサの言う事良く聞くんじゃぞ!」 こう言って悪ガキ四人衆、唯一の良心に縋る他無いオールドオスマンであった。 ワルドがマザリーニに呼び出されたのは夜も遅くの事であった。 緊急事態との事で取る物もとりあえず駆けつけたワルドは、これは戦況が悪化したアルビオンの件だと考えていた。 しかし、確かにアルビオンの件ではあったのだが、マザリーニが明かした話は、幾らなんでも予想の斜め下過ぎた。 開いた口が塞がらなくなるといったリアクションは、ワルドもマザリーニと同様であった。 「……今のアルビオンの状況を、知ってるからこそ回収すべき、と判断したんでしょうが……いやはや……」 ワルドの耳に入っている限りでは、一両日中にもロンディニウムの包囲は完了するらしい。 そこに今から飛び込めなどと、戦を知る者ならば決して出来ぬ命令である。 幾分か立ち直ったマザリーニは、ワルドを呼び出した本題に入る。 「女王陛下とて状況は理解出来ているはず。ならば、やらねばならぬ事でもあるのだろうが…… それをヴァリエール家の娘に頼む神経がわからん」 「他に頼れる者も居なかったのでしょう。王室の恥に類するような、そんな内容であると推測しますが」 嫌過ぎる予感に苛まれつつ、マザリーニはワルドに先を促す。 「おそらく、ゲルマニア皇帝との婚儀が絡んでおります。となれば、 対象がアルビオン国王ではなくウェールズ皇太子である事を考えますに……二人の間に何か個人的な密約があった、そう考えますが」 「歯に衣着せんでいい。あんの尻軽娘、よりにもよってウェールズ皇太子にちょっかい出しておったか」 老獪な男の思わぬ毒舌に、ワルドは苦笑する他無い。 「手紙との事ですが、恋文の類でしょうか。確かにそんなものが明るみに出た日には、婚約の話は立ち消えとなりますな」 「ふん、それでも誤魔化す手はある。それに私の知るウェールズ皇太子ならば、責任を持って処分してくださると思うのだが、 女王陛下に手を出していたという話を聞いた後では些か自信が持てぬ」 「まったくです。で、どうされますか」 「ワルドの所でこの任務に耐えうる者はおるか?」 「前線を突破してロンディニウム、ハヴィランド宮殿に潜入、手紙入手後包囲を抜けて帰還し、卿と女王陛下の前で処分。 ……私ぐらいですな、それが確実に為せると言い張れるのは」 マザリーニは苦虫を噛み潰したような顔だ。 「お主を行かせる訳にも行くまい。そもそもお主は当分ここから動けぬだろう」 「いえ、動くつもりです」 「何?」 実は、とワルドが語り出したのはアルビオン内乱への武力介入であった。 血を分けた兄弟国、救援に向かうに何ら不自然は無く、また敵は寄せ集めであるが故、頭を失えば脆い集団。 「足の速い連中を集めて奇襲を仕掛け、反乱軍首魁クロムウェルを討ちます。間を計らねばなりませんが」 マザリーニはふむ、と頷く。 「戦勝に沸き、油断しきった時……か」 「左様で。アルビオンの王族が絶えるやもしれませぬが、いずれ始祖の血を引く方が治める形にしなければなりませぬから……」 「トリステイン・アルビオン王国か。何処が文句を言う間も無く反乱軍を討ち滅ぼしてしまえば、確かにありえぬ話ではないが」 ワルドの考える最終形をマザリーニは読むが、手放しで賛成はしてないようで、渋面を崩さない。 幾らなんでも都合が良すぎる話だ。 「どの道、アルビオン反乱軍とは事を構える事になりましょう。 奇襲が失敗したのなら、そこで改めてゲルマニア、ガリアとの調整を行えばよろしいかと」 「二国に難癖付けられて国境の都市の一つや二つ持っていかれても、アルビオン丸々一国が手に入るのなら釣りがくるか……」 ガリア、ゲルマニアと比べ、トリステインはお家騒動が大人しい分身動きが軽いという利点を活かさねば、この局面は潜り抜けられぬ。 そう語るワルドの言葉に、マザリーニは異論を唱える。 「だとしても勝たねば意味が無い。アルビオンとトリステインではそれ程軍備に差があるとも思わんが」 「懐柔による内部からの混乱が、此度のアルビオン敗戦の主な原因と思われます。 公爵クラスがぼろぼろ裏切るような状況は、流石に我がトリステインでは考えられぬ話です」 「戦況は私の方でも調べさせていた。確かに、あの戦力差で破れるなど想像も付かなんだが…… にしてもアルビオンにそれ程隙があったとも思えぬ」 「理不尽を可能にする道具、ないし強力無比な魔法を用いている可能性もあります。 その場合武力ではなく搦め手に類する能力を持つと思われますので、となればやはり奇襲こそが最善と私は考えます」 マザリーニは考える。 もし反乱軍が勝利し、こちらに牙を剥いたとしても、他国と連携してアルビオンを包囲するやり方ならば被害は少ないはず。 しかし、その場合アルビオンからの攻撃はおそらく近場のトリステインに集中する。 それに対応するようにガリア、ゲルマニアも主力はトリステインに置く事になろう。 そうなれば、後々が面倒な事になる。 そも手紙の回収が出来なければ、ゲルマニアとの連携も厳しいという最悪の状況もありうる。 王都占領の混乱に合わせて奇襲し、ハヴィランド宮殿を灰にしてしまえば、手紙も何も無いだろう。 アルビオン侵攻の一番の難所、上陸作戦も今の状況ならばさして難しくもあるまい。 王軍、空海軍、近衛ならばすぐに動かせる。 諸侯軍には後々から参戦する形を取らせても、アルビオンの港を一つでも押さえていればどうとでも出来る。 しかし、卑怯との謗りは免れ得まい。 王家が滅びる直前まで手を貸さず、滅びきった後に漁夫の利とばかりに襲い掛かるなぞ、見栄えが悪い事甚だしい。 アルビオン王と皇太子が死んでいてくれれば、決戦に破れ包囲に至るまでが極端に短かった事を考えるに、 救援要請を受けたが間に合わなかったでも通るだろうが。 マザリーニは、そこではたと気付いて手を叩く。 「なるほど、奇襲は王と皇太子をお救いする手段、そう言い張るのも手か」 救い出せたのなら後は簡単だ。両者、ないしどちらかを立てていれば侵攻の口実にはなる。 いずれにしてもタイミングが重要だ。 トリステインの最精鋭を揃え、微妙な間合いを図る繊細な軍事行動。 「今すぐ動かせる部隊はどれだけいる?」 「千ですな。数だけならば二千は揃いますが、それはアルビオンの港を抑えるのに回すべきでしょう」 「諸侯に一言も無しで軍を動かす事になる」 「文句があるのならば諸侯軍抜きでアルビオンを倒す。そう言ってやればよろしい。 既に王軍、空海軍首脳には話を通してあります。トリステインの置かれた状況を説明しましたならば、 快く納得して下さいました。出来ればもう少し根回しの時間が欲しかったのですが、 こうなってしまった以上、致し方ありますまい」 人の悪そうな笑みでワルドを睨むマザリーニ。 「この悪党めが、トリステインの守りを奴等に押し付ける気か」 「戦場での遅参は冷や飯食いと相場が決まっております」 二人の話が早いのには訳がある。 二人共が共通の認識として、アルビオン反乱軍は遠からず敵となると見なしていた。 アルビオンの王家と繋がりの深いトリステインは、対外的にも反乱軍に対し良い顔をする事が難しい。 そもそも貴族の共和制などを掲げられては、王家を擁する国とどう仲良くやれというのか。 自国の諸侯が増長する前例となりかねぬこのような国を、トリステインもガリアもゲルマニアも結局は許す事が出来ぬであろう。 お互いそれが解っているのだから、後は武力を用いるか否かだけで、安定した交流など望むべくもないだろう。 位置的にも攻められにくく、強力な空軍を擁するアルビオンは、散発的な攻撃を得意とする。 嫌がらせのようなこんな攻撃を数多受ける事になるのは、おそらくトリステインであろう。 仮にロマリアを加えた四国で同盟を締結したとしても、これではトリステインのみ大きな被害を被る結果となろう。 そうさせぬ為に、トリステインはすぐにでも動く必要があったのだ。 幸い、と言っていいか、女王は年若く重要な判断が下せぬ為、言い方は悪いがコントロールする事も容易だ。 後でまた何やかやと言われるだろうが、今動かねばトリステインの利益を守る事が出来ぬ。 恐らく王軍、空海軍首脳がワルドの話に乗ったのも、そんな危機感あっての事だろう。 現状認識も出来ぬ愚か者は、蚊帳の外に居てもらうとしよう。 それを見定めるに、これは良い機会でもあるのだから。 ワルドの持ってきた話が大きすぎた為、ルイズの件は忘れさられそうになったが、そこはマザリーニとワルドだ。 護衛を選びルイズ達の後を追わせるという事で同意する。 手紙に関しては回収せねば後々厄介になる可能性は確かにある。 ルイズ達のルートでも試しておくに越した事は無かろう。ただ、秘密が漏れぬよう、最悪の場合に備えなければならない。 マザリーニがそんな作戦を遂行出来る人物は居るか、と問うと、ワルドは頷いた。 「一人、連中と繋がりのある人物に心当たりがあります。そちらは私にお任せ下さい」 シルフィードに跨り、ルイズ、キュルケ、タバサ、燦の四人は明け方の内に学院を出る。 ラ・ロシェールの街に着いたのは翌々日の昼過ぎの事である。 世界樹の枯れ木を用いた桟橋が特徴的な、空飛ぶ船の港町であるラ・ローシェルは、 アルビオンとトリステインを結ぶ重要な交通拠点である。 魔法を使い巨大な岩を切り出して作られた街並みといい、 見上げるでは済まぬ大きさを誇る世界樹に果実のごとく連なる多数の空飛ぶ船といい、燦には驚きの連続であった。 すぐにアルビオン行きの船を手配しようとするのだが、そこで一行は足止めを余儀なくされる。 何時もならすぐに見つかるはずのアルビオン行きの船であるが、わざわざ戦乱渦巻くアルビオンに向かおうという船がどれ程居るというのか。 定期便すら滞る始末では、ルイズ達に都合の良い船など見つかるはずもない。 この際輸送船でも何でもいいから、そう言っても出ないものは出ないのである。 まずキレたのはキュルケだ。 ガラの悪い船員達が積荷を船へと運んでいる所に赴き、いきなり魔法を唱えようとした所をタバサに止められた。 「キュルケ」 「何よ、積荷が燃えて無くなれば私達乗せる余裕ぐらい出来るでしょうに」 「積荷無しじゃそもそもアルビオンに行く理由が無くなる」 「むむ、確かに」 アホかと。 次に、といってもほぼ同時だが、キレたのはルイズである。 船長と思しき人物にすたすたと歩み寄る所を燦に止められる。 「ルイズちゃんイカンて!」 「何よ、船長なら船ぐらい飛ばせるでしょ。あいつ脅せば一発じゃない」 「あんな大きい船、人質の一人や二人じゃどうしようも無いて!」 「むう、それもそうだけど……」 バカかと。 チンピラ以外の何者でもない。 タバサは燦に言って、ルイズとキュルケの二人を宿に連れて行かせる。 強行軍で来ているのだ、ここで一休みするのも良い選択であるし、交渉はタバサに一任して三人は先に宿を取っておく事にした。 ここで一泊するつもりなど無かったのだが、シルフィードが疲れたときゅいきゅい騒ぐので、まあ一休み程度ならと宿の一角に陣取る三人。 今シルフィードに乗って出たとしても、アルビオンに辿り着く前に夜になってしまう。 夜間の飛行で空飛ぶアルビオンに辿り着くのは難しく、シルフィードの疲労もあり、 それ故船の手配を考えたのだが、その船が無いのは計算外であった。 不愉快そうなルイズとキュルケだったが、燦がアルビオンは戦争中なんだし、 少しみんなに話を聞いてから行くのはどうかと提案すると、あっさりと納得する。 確かにその通りであるが、機嫌まで一瞬で直ってしまったのは、二人共が燦にだだ甘なせいであろう。 宿を取るかどうかはタバサが来てから決めるとして、とりあえず宿の一階にある飲み屋兼食堂で遅めの昼食を取る。 ついでとばかりに、ウェイトレスをしている子にアルビオンの近況を聞いてみた。 王党派と称されるアルビオン王家の軍は、最後の決戦にも破れ、王都ロンディニウムに追い詰められているという話だ。 それを聞いた三人の反応は、 「それなら王都に行けばいいのね」 「良かった~、戦場出てたら何処行けばいいか、わからんかったかもしらんし」 「……目的地ぐらいはっきりさせてから出なさいよアンタ等」 ルイズとキュルケがアルビオンの不甲斐なさを口にすると、ウェイトレスも同感だったのか話に乗って来た。 「そうなんですよ。ボロ負けもいい所ですし……ウェールズ様もっとかっこいいと思ってたんだけどなぁ。ちょっと幻滅かも」 平民の感覚などこの程度である。 ちなみにルイズ達の服装は、学院の制服の上にフードを羽織った形だ。 頭まですっぽり隠せるようなものにしてあるのは、身を隠す必要が出るかもしれぬからである。今は食事中でもあり、素直に頭は出しているが。 不意に奥のテーブルから下卑た笑い声が響いてくる。 むさ苦しいとしか形容しようのない男達が数人、テーブルを囲みながら昼間っから酒を飲んでいるのだ。 それだけならば問題無かったのだろうが、ルイズ達の所にかかりっきりのウェイトレスに文句を言う段になり、ルイズが動いた。 フードを目深に被り直したのは外見でぐだぐだ言われぬように、そして中身が女の子とバレる前にさっさと開戦するつもりであると思われる。 キュルケはどうでもよさ気にワインを傾けている。 「サン、貴女も参加してさっさとカタ付けてきたら?」 「うーん、見た感じそんなでも無さそうだし、私混ざるとルイズちゃん嫌がるきに」 「そうなの?」 「口では言わんけど、基本的には自分でやりたいんだと思う。でも人数増えるようじゃったら私も行く。というかあいつら私も気に食わん」 「はいはい」 どんがらがっしゃーん。 開戦の合図。 殴り合いが始ってしまえば男も女も無い。 それ以前に大の大男を肩に担ぎ上げてぶん投げるなんて真似をしてるのだ。 これで女扱いしろって方が無茶だ。 外に駆け出して行った男が増援を呼ぶ段になると、燦も「何しとんじゃあああああ!!」などと怒鳴りながら参戦する。 店内はあっと言う間に阿鼻叫喚の坩堝と化し、店主がウェイトレスに警備を呼ぶよう指示する。 キュルケは、二人にだけ見えるように懐から杖を見せる。 「たかがケンカでしょ、放っときなさいって。大丈夫、これ以上騒ぎが大きくなるようだったら、私が出るから」 店のぶっ壊れた物は負けた方にでも私が払わせてやると言うと、二人はとりあえず納得する。 「それでも文句言うようなら、一切合財燃やし尽くして何もかも灰にしてやるわ」 即座に回れ右したウェイトレスは、後ろも見ずに警備詰め所へと走り去った。 「いい加減にしろ貴様等!」 腹の底から響くような迫力のある怒声に、店内は音を失う。 六人の男が伸びて地面に寝転がり、残る十人近くの男達も皆ヒドイ顔をしている。 「公共の場で昼間っから何を馬鹿な真似をしているか!」 服装から軍関係者と思われる者の出現に、男達は腐った顔をしながら引き上げだす。 捨て台詞をルイズ達と軍人らしき者に吐いて店を出ていく男達。 ルイズと燦は硬直したまま軍人を指差している。 キュルケは思わぬ乱入者に、グラスを掲げて挨拶した。 「あら、アニエスじゃない。久しぶりね、元気だった」 アニエスは余り表情を表に出さぬ、周囲にはそう思われているが、実はそうでもない。 直接の上司になったワルドは、アニエスの中々にバリエーションに富んだ表情を幾つか知っている。 今日はそれが一つ増えた日だった。 困りながら嫌がりつつ、それを表に出さぬよう表情を硬くしようとして失敗したので、笑顔を見せて誤魔化そうとした顔。 「は、はぁ、ヴァリエールの護衛……ですか」 明らかに乗り気ではないとわかる反応だ。 ワルドはその辺の機微に長けているので良くわかるが、他の連中には微細な変化としか取れぬだろうなと、頭の中で考える。 しかし、任務の内容を説明するにつれ、アニエスの困惑も消し飛んで行く。 王室の恥、それをアニエスのような成り立てシュバリエごときに話すなど、考えられぬ。 「死ぬ必要は無い。その前に引き返して来て欲しい。任務の重要性は先に言った通りだが、 それでも、帰ってきなさい。これが私からの命令だ」 「ここは死ねとお命じになる場面かと。これを見過ごしてはトリステインに大きな損失が出ます」 ワルドは真剣な表情のままだ。 「繰り返す。決して死んではならない。これ以上は危険と判断したのならルイズを斬れ。君の死に場所はこんな所ではない」 その判断を下せると見込んだからこその人選だ、そう言われてはアニエスにも返す言葉がない。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの魔獣 「―それは違います 今回の事件の責任は ミセス・シュヴールズひとりに押し付けて済むものではないのです。」 宝物庫。 その巨大な風穴の開いた一室では、真理阿の独演会が行われていた。 話は三十分ほど前に遡る。 城下町からの帰り、偶然にも『破壊の杖』盗難事件の目撃者となった四人は 一夜明けた後、現場検証のために宝物庫へと呼び出された。 ところが、議論が責任問題へとすり替わり、当直のシュヴールズが槍玉に挙げられる事態に至ったため 真理阿は彼女の弁護を始めたのである。 「みなさんの中に 一度たりとも当直に手を抜いたことがないと 自信を持って言える人はいますか? 賊が進入する可能性を想定し 警鐘を鳴らしていた人はいましたか? ―事件は起こるべくして起こりました・・・ 今この時になって ミセス・シュヴールズひとりを責める それは 人として恥ずべきことです・・・」 それは、まさに名演説と呼ぶにふさわしいものだった。 難物と評判の教師・ギトーまでもが、真理阿の言葉にうなだれ、己の未熟さに深く瞑目している。 渦中のシュヴールズは、まるで聖女を崇めるかのような瞳で真理阿を仰ぎ見る。 コルベールはその日の日記に「あれを聞いて泣かぬ者は人に非ず」と、記した。 ルイズは泣かなかった。 この演説に感動できるのは、真実を知らぬ者だけである。 目の前の頼れる使い魔は、口先では人間愛を説きながら、その実、責任の所在をうやむやにしようとしていた。 「・・・とにかく 恐るべきは怪盗フーケです! 宝物庫の外壁が物理攻撃に弱い事を調べ上げ、 事前に爆薬を仕掛けるなんて・・・」 ―訂正しよう。 真理阿は責任の所在をうやむやにはせず、全てフーケに押し付けた。 主を守るためなら、悪魔に魂すら売りかねない女であった。 「マリア殿 よくぞ申して下された たしかに今回の事件の責任は わしらひとりひとりにある」 オールド・オスマンの真理阿に接する態度は、まるで古い王族を迎え入れるかのようであった。 真理阿の演説の元、皆の心が一丸となり、卑劣な盗賊・フーケの打倒に燃えていた。 「・・・あのぉ」 ロングビルは、その場のテンションの高さに取り残されていた。 「おお! ミス・ロングビル 今までどちらに」 「はい 周辺に聞き込みを行っていましたところ フーケのアジトについて 有力な情報を掴む事が出来ました」 「なんと! フーケのアジトを!! ならば 早速じゃが捜索隊を編成して・・・」 「私に!! 私に!! 私にやらせて下さい!!」 オスマンの言葉を待たず、ルイズが叫ぶ。 責任を問われなかった事がかえって罪の意識を重くし、志願せずにはいられなかった。 真理阿もこの事態は避けられないと考えていたのであろう、 ルイズの方を向いて、無言で頷いた。 ついでキュルケが、そしてタバサが名乗りを挙げる。 「まっ ヴァリエールはともかく 真理阿の顔に傷でもついたら大変だからね」 軽口を叩くキュルケだが、その瞳は、どこか熱っぽく潤んでいた。 「心配」 タバサの面構えは、仕えるべき主を見出した、もののふのそれであった。 「しかし 良いのですか学長? ミス・ロングビルに先導させるとはいえ、まだ未熟な生徒たちに・・・」 コルベールの不安そうな問いかけに、オスマンが答える。 「大丈夫! それでもマリアなら マリアなら きっと何とかしてくれる・・・!」 「おお!! そうか!」 「確かに・・・ 確かにマリア殿なら・・・!」 「ああ! マリア 我らの女神!!」 「マリア様 バンザーイ!」 こうして、根拠のない賞賛が惜しみなく送られる中、一向は旅立つ事となった・・・。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十四話『戦う理由』 「ねぇ…まだ食べちゃ駄目なの~?早かろうが遅かろうが結局はあたしの胃袋に入るのは変わらないじゃん…」 ミントは目の前に並ぶ豪華な料理を前にうんざりとした様子でルイズに問う。 「我慢なさい…それともあんた、あのお母様のお叱りをまた受けたいの?」 ルイズも又小声でミントにそう注意をするとチラリと母カリーヌを見やった…厳しい視線はバッチリとミントを捕らえている。 その様子に同じく厳しい視線を送るのはミントをまだ唯の異国のメイジとしか認識していないエレオノールで柔らかくニコニコと見つめるのは一つ下の姉カトレア。 ミントがルイズの実家を訪れて既に一夜が明け、ミントは朝食を摂る為に既に豪華な料理が並んだダイニングルームに招かれルイズと並んで席へと着いている。と、扉が開かれ一人の男性が堂々とした態度で現れた。 端正な髭を蓄え、モノクルを付けたまさに上流貴族、公爵としての威厳に満ちた風格。 ミントは一目でその男性がルイズの父ヴァリエール公爵である事を理解した。 「おぉ、久しぶりだねルイズよ。」 「お久しぶりですわ、お父様。」 何故ならルイズの姿をその目にした瞬間、公爵はその威厳が吹き飛ぶ程にデレデレと頬を緩めたからだ。 「さて…」 キリッと音を立て、公爵の鋭い視線が蘇りミントの姿を値踏みする様に見つめる。それを受けてミントも腰掛けていた椅子から立ち上がると公爵へと澄ました笑顔を向けた。 「初めまして、公爵さん。アンからはどういう風に聞いてるかは知らないけどあたしがミントよ。一応ルイズに召喚された使い魔のね。東方のメイジって事になってるわ。」 「あぁ、初めまして、ミス・ミント。君の事は陛下からは既に三度のトリステインの危機を内々に救った『救国の英雄』でありルイズと共に『大切な親友』だと聞いているよ。 一応ルイズの使い魔と言う事からヴァリエール家預かりの国賓として扱って欲しいとは伺っている。君には迷惑を掛ける形にはなるがこれからも陛下とルイズを頼む。」 「えぇそのつもりよ。一応帰る方法の目処が付くまではね。」 公爵はミントの堂々としたその物言いにアンとマザリーニから聞いて以来半信半疑であったミントが王族であるという話に真実味を感じ取っていた。 「待たせてすまなかった、それでは食事にしよう。」 厳かな雰囲気での食事が一段落付いた頃、唐突に口を開いたのはヴァリエール公爵だった。 「ルイズ、学園での生活はどうだ?」 極普通にありふれた質問、しかしそれは子を持つ親としては当然の心配であった。 「はい、相変わらず系統魔法に関しては失敗続きですが貴族としての何たるかはミントと共に学園で精一杯学ばせて貰っております。」 ルイズはナプキンで口元をそっと拭いながら父親の問い掛けに当たり障り無く答える。内心嘘を吐く事の後ろめたさと自分の系統が伝説の虚無である事を声を大にして自慢したかったがそれは出来ないのでグッと堪える。 「なーにが貴族としての何たるかを学んでるよ…ついこないだ覚えたのは皿の洗い方でしょうが…」 そんなルイズの内心を知らずミントは隣に座っているルイズにしか聞こえない程の声で意地悪く呟いてクククと笑う。ルイズは引き攣った微笑みは崩さない… 「ふむ、そうか…陛下はお前を高く評価していたがお前のそう言った所を評価して下さっていたのだな…しかしそんな陛下を唆しおって…全くあの鳥の骨め。」 ヴァリエール公爵が苛立たしげに口にしたのはマザリーニ枢機卿の所謂詐称であった。 「何かありまして?」 「先日、ゲルマニアとの共同でのアルビオンへの侵攻が決行される事が正式に決まったのだ。まだ年若い陛下をあの鳥の骨が唆したに決まっておる!!そもそもアルビオンを屈服させるのにこちらから攻め入る必要など無いのだ。 包囲線を密にしいてしまえば浮遊大陸であるアルビオンは直に音を上げるはずだ。今開戦しては兵力も国財をも悪戯に消耗するだけなのだ。」 ヴァリエール公爵はトリステイン国内でも良識ある貴族であるし国境を守り受ける立場にある、故に戦においては必勝を得る為に慎重な意見を持つ。それは決して悪い事では無い。 それでも… 「お父様は開戦には反対なのですか?」 ルイズの意外な問い掛けに一瞬公爵は目を丸くする。 「当然だ、わざわざ攻め入らんでも戦は幾らでもやりようがある。…………ルイズ、お前はまさか戦場に行きたいなどとは考えておるまいな?」 「…私は姫様に忠誠を誓いました。故に姫様が戦場に赴かれるならば共に行きます。」 公爵の言葉にルイズはそうはっきりと答える。予てより既にアンリエッタと共に闘いに赴く事はルイズは心に誓っているのだから… これがルイズにとっての父親への初めての明確な反抗だった… 「駄目よっ!!戦場なんて男の行く所よ、魔法も使えない貴女が戦場に行って何になるというの?」 「ルイズ…私も貴女の意思を尊重したいけどやっぱり心配よ…」 二人の姉からも同様に厳しくと優しくとそれぞれルイズを心配する声が上がる… そして母カリーヌはじっと厳しい視線でルイズを見つめ続けた。 「…ミス・ミント貴女もルイズが戦場に向かおうとしている事を止めないのですか?使い魔であるならば当然貴女もルイズと共に行く事になると思いますが?」 そして以外にもカリーヌが次に声をかけたのはこれまで我関せずといった様子をとっていたミントであった。 当然突然ミントにお鉢が回ってきた事で全員の視線がミントに集中する。 「ミント…」 ミントならば自分を肯定してくれる…そう思うと同時にルイズの脳裏には不安がよぎる。 「そうね…あたしも今アルビオンに攻め入るのは正直どうかと思うわ。」 「ほう?」 「あたしなら…そうね、ここから三年よ。三年あればゲルマニアとの同盟を利用した軍事改革で一気にトリステインの戦力を5倍…いいえ、10倍には出来るわ。勿論やるからにはアルビオンの連中は徹底的にボコボコよ。」 「「……………………」」 軽い調子で語られるミントの馬鹿げた構想にダイニングルームからは一瞬言葉が消え、ルイズは頭痛を抑える様に目頭を押さえて天を仰ぐ… それでもミントはそこで一度切り替えるかの様に表情を引き締めるとその視線をそのままヴァリエール夫妻へと向けた。 「…とは言っても、それはあくまで真っ当な戦争だったらの話よ。あたし達が本当にやっつけなきゃいけない奴は他にいるわ。それには残念だけどやっぱりアルビオンには今攻め込まないといけないと思うわ。 勿論あたしもルイズも前線で戦う訳じゃ無い、狙うのはこの戦争の裏でコソコソと卑怯な真似をしてる黒幕よ。」 ミントのその物言いに先程まで呆れていた夫妻が些かに興味を抱いたらしく崩れた姿勢を正す様に椅子に座り直し視線で続きを促すと静聴の姿勢をとった。 「あいつ等が水の精霊からちょろまかしたアンドバリの指輪を持ってる限りいつ誰がいきなり操られるか何て分かった物じゃないし、死人だって無理矢理操られて戦わされる事になるわ…あのウェールズみたいな事はもうあっちゃいけないの。 あんなふざけた悪趣味な真似をしてくる様な奴らを野放しに出来る?あたしには無理よ。だからアンも戦うって決めたんだろうし、ルイズだってそうでしょ? ルイズやアンが行くからじゃない、まして他の誰かの為なんかじゃ無い、結局あたし達はあいつ等のやり方が気に入らないから自分の意思で戦うのよ。」 「むぅ……アンドバリの指輪とな…」 公爵の表情が一気に曇る。先日のウェールズによるアンリエッタ誘拐未遂事件の顛末は聞いていたが成る程確かにミントの話を信じるとしてアレの存在を失念してはどの様な策も内から崩されるだろう。 「お父様…」 ルイズの思いを勇ましく代弁してくれたミントと同じように、ルイズは決意の籠もった視線を父に向ける。 しかし公爵はしばし唸る様に思案を続けた後に頭を大きく横に振ったのだった。 「ならんっ!!ルイズよ確かにアンドバリの指輪は驚異だ。ならばこそそれを鑑みた戦を我々が考え、トリステインを守るのが務め。 思う所もあるであろう…しかし!!わざわざお前達が進んで危険に飛び込む必要は何処にも無い。 ルイズ、お前はあのワルドの件で少しばかり荒れているのだ…戦が終わるまで屋敷に残れ、そして良い機会だ。婿を取れ、そうなれば自然と落ち着きもするだろう。」 「お父様っ!?」 「この話は以上だ!!わしはお前が戦に向かうのを何があろうと許す気は無い!!」 にべも無く強い口調で言い切って公爵は足早にダイニングから退室していく。ルイズは横暴とも言える父の態度に尚も抗議の声を上げたが二人の姉からそれぞれ嗜める声を受けて結局顔を伏せてしまった。 (…全く…) ミントもヴァリエール公爵の去って行く背を冷ややかに見送る。ルイズもそうだがその父親も不器用極まりないものだ…娘が心配なのは解るがあれを自分の親父がやったらと思うと段々と腹が立ってくる。 結局朝食はそのままお開きになり、ルイズは沈み込んだ気持ちのまま屋敷の自室で無為に一日の時間を過ごし、ミントは殆どその日一日カトレアにせがまれて身体の弱い彼女の話し相手になってやっていた。 自分の見聞きした話、学園でのルイズの話を面白おかしく語り、カトレアからは幼かった頃のルイズの話を聞く。 ついでにお世辞にも良好とは言えない自分のクソ生意気な妹マヤの事を語った際にはカトレアは「それはあなたに良く似てとても素敵な妹さんね。」等と随分的外れな事を言っていた。 ベッドの上から儚げな微笑むカトレアは髪の色と言い、纏っている天然でふんわりとした雰囲気と言い何となくだがエレナに良く似ているなとミントは感じた。 (親父やマヤ…ルウにクラウスさん達元気にしてるかな?………………ベル達やロッドは間違いなく元気ね…) ___ ヴァリエール邸 深夜 「起きなさい…起きなさいルイズ。…ったく、いい加減起きろ、このッ!!」 「ゲフッ!!」 双月が天上に輝く深夜、突然に自室で寝ていた所をミントに無理矢理に叩き起こされたルイズがベッドから蹴落とされた状態からノロノロと立ち上がり、寝ぼけ眼でミントを睨む。 「何なのよミント…こんな時間に人を叩き起こして…」 そう不平を言うルイズだったがそれも当然だろう。しかし、ミントは腰に手を当てたまま呆れた様にルイズを見下ろしたままだった。 「今からここを出て魔法学園に帰るわよ。シエスタにはもう昼間の内にあたしがこっそり用意した馬の所で待たせてるから、あんたも早く出発準備済ませてよね。」 「はい?」 何が何だか解らないと言いたいルイズを尻目にミントがルイズの荷物をさっさと鞄へと詰め始める… 「このままじゃあたし達マジでここに軟禁されるわよ。要するに家出よ。それとも何?あんたここに残って誰とも知らない男と結婚する?何もしないまま。」 「そんなの嫌よ!!」 ここでようやく起き抜けのルイズの思考の靄も晴れてくる…意地悪く言いながらミントはいつの間にか自分の出発準備を整えてくれていた。 ミントに放り投げる様に渡された自分の制服と杖が「ボスッ」と音を立ててルイズの手の内に収まる… 「そう、だったらさっさと行くわよ。」 言ってミントはルイズの返答に対して満足そうに笑った… ____ ヴァリエール邸 大正門 ルイズとミントはこっそりと屋敷を脱して何とか三頭の馬を連れたシエスタと合流を果たした。 道中何名もの遭遇するであろうヴァリエール家の衛士達についてはどうするのかというルイズシエスタ両名の疑問にミントは「眠っててもらうわ。」 と答えていたが結局正門前までそれらしき人物には遭遇する事も無く辿り着いてしまった。 「これは幾ら何でもおかしいわ…ここにはいつだって見張りの人間が居るはずよ。それなのに誰もいないだなんて…」 「でもお陰で誰も傷付けずに済んで良かったじゃないですか~。」 首を捻るルイズに対してシエスタは心底安心した様な表情を浮かべる…幾らミントとルイズの為とはいえヴァリエール家の人間に危害を加えるなど考えただけでも恐ろしい話だからだ。 「……残念ながら、そうでも無いみたいよ…」 「えっ?」 と、ミントは風に流された雲の隙間から覗く月明かりに照らされた暗がりの正門の向こうに立ちふさがる一人の人影を発見して手綱をグイと引くと馬の足を止めさせた。それにならってシエスタとルイズも己の馬の足を止める。 「恐らくはこの様な事だろうと思いました…見張りの者達は今晩は引き上げさせています……彼等ではいざという時に邪魔にしかなりませんからね。」 その静かな物言い、聞き慣れた声ににルイズの心臓はまるで鷲掴みにでもされているかの様な錯覚を覚え、顔中から脂汗が吹き出しそうになる… 「か…母様…」 そして、思わずミントの背中にも冷や汗が伝う…それほどの威圧感が目の前に立ちはだかる人物からは放たれていた。 「己の意思を貫くは尊き事…ですがそれには伴った力が必要なのです。貴女達が行く道は厳しき茨の道、それを思えばこの『烈風』という障害程度…見事乗り越えてみせなさい。」 『烈風』といえば生きた伝説のメイジ、一度その名が戦場に響けば敵は恐れおののき竦み上がり、味方は高揚するどころか巻き添えを恐れてその場から撤退を始めるという… その正体はルイズの母親カリーヌ・デジレであり、引退したとはいえ未だハルケギニア全土でも並ぶ者のいない無双の勇士。それを己を程度と評し今ミント達の前に立っている… 烈風が杖を振るい、風が夜を裂く様に踊る… ミントはいつの間にかすっかり乾いていた自分の唇をペロリと舐めるとデュアルハーロウを構えて馬から飛び降り、背に背負ったデルフリンガーの鯉口を切る… 「起きなさいデルフ、あんたの出番よ。」 「…起きてるよ、相棒。あんだけやばい相手を前にして寝てられるかよ。」 そうして遂に鉄仮面で口元を隠しているルイズの母親と対峙するのだった… 「…上等よ…………出し抜いてやろうじゃない…」 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページゼロのメイジと赤の女王 「よいしょ、っと…」 軽く声を掛けて、陽子は黒焦げになった机を持ち上げた。 爆発から二時間後、ようやく目を覚ましたシュヴールズは、ルイズに教室の後片付けを命じた。その際に魔法の不使用を言い渡されたが、彼女の場合、それにあまり意味はないようだ。 しかし「失敗を恐れずに」とか云っときながら罰を与えるとは。教職に向いているとはとても思えない女性の言動にやや呆れながら、陽子は壊れた机や窓ガラスを片付け、雑巾をかける。 ルイズは徹頭徹尾仏頂面で、申し訳程度に煤のこびりついた机を拭っていた。 眉間にしわを寄せ、だんまりを決め込んでいるルイズに触るのは得策ではないだろうと、陽子も何も言わずに黙々と掃除を続ける。 重苦しい沈黙の中、聞こえるのはただ作業する物音だけだった。 「…なんか、言いたいこと、あるんじゃないの?」 ふいに、ルイズが口を開いた。 え、と陽子が振り返ると、ルイズは俯いたまま、小さな唇を戦慄かせていた。 「……なにか、って?」 ルイズの意図がわからず首を傾げる。しかしルイズはそれを嫌味か何かととったようで、途端に溜め込んでいた感情を爆発させた。 「言わせる気?!何よ、あ、あんただって、私が無能だって思ってるんでしょう?!今のでわかったでしょ、私が『ゼロ』だって! 私が魔法を使えないから、私の使い魔になるのが嫌だったんでしょ! 魔法が使えないなんて、そんなの貴族じゃないってい、言いたいんでしょ!」 「え…ちょ、」 落ち着いて、慌ててなだめにかかるが、ルイズはもう陽子のことなど目に入っていないようだった。 せっかく呼び出すことが出来た使い魔の前でまで、無様な姿をさらしてしまった。召喚も、契約も、ただの人間とはいえ成功した、だから今度こそ。 ちっぽけな期待は打ち砕かれ、今までのどんな失敗よりも鋭くルイズの胸を打った。みっともない、こどものようだと思考の隅で思いながらも、鬱屈を吐き出すようにルイズは叫ぶ。 「知識なら同じ学年の誰にも負けないわ!それだけのことはしてきたもの!ううん、実技だって誰にも負けないくらい練習した!どんな詠唱も発音まで完璧に言えるのよ! それなのに、いっつも失敗するの!ゼロ!ゼロ!ゼロ!私は、き、貴族なのよ!?誉れ高いヴァリエール!なのに魔法が使えない!だから私は貴族じゃないって、みんな言うのよ! 私は、…私は!き、貴族なのに!お母様たちのように立派な貴族になれるようにって、ず、ずっとそう思ってきたのに!そうあるよう、ずっと頑張ってきたのに!」 言ってしまった。 熱い頬と裏腹に、ひんやりと冷えている思考の隅で、ルイズは後悔した。 こどものような癇癪を起こしてしまった。ただでさえ『ゼロ』などという不名誉な称号を与えられているというのに、こんな振る舞いをしては、もう本当にただの子供ではないか。 この少年も、きっと大多数のように馬鹿にした目でルイズを見るのだ。 ほら、魔法も使えない貴族になど使われたくないと、冷めた目をして、そのくせ口ではお追従を吐いて。 それとも、変に遠慮のない彼なら声にして言うだろうか。ああ、もしかしたら、そのほうがマシなのかもしれない――――。 …罵声は、聞こえない。侮蔑の眼差しも、嘲笑も、哀れみすら。 断罪を待つようにうなだれていたルイズは、沈黙に耐え切れず少しだけ顔を上げる。おのが使い魔の顔に、失望を見るのが怖かったけれど、仕方がない。 魔法を使えないのはルイズの不徳で、彼にはふがいない主人を責める程度の権利はある。 けれど、彼は何も言わなかった。赤毛の少年はぽかんとしてルイズを見ていたが、その瞳に映る色は、感嘆、だった。 「……なによ」 その瞳が不可解で睨みつければ、彼は特に不快に思ったふうもなくゆるりと首を振る。 「いや…。ルイズはすごいなって」 「何よそれ、皮肉?!」 間髪入れずに噛み付くルイズに、落ち着いて、と静かに苦笑する。 「いいや。本心だよ。ルイズは、戦おうとしているだろう?わたしは逃げていたから。云いたいことは全部飲み込んで、必死で良い子の振りをして。 …結局、だから、わたしには何にも残らなかった」 以前剣が見せた幻を思い出し、陽子は自嘲げに笑んだ。 教師も、友人も、両親でさえ、陽子のことを得体が知れないと言い、そして、故国に陽子の居場所はどこにもなかった。 出来ることならもう一度、彼らとちゃんとした関係を築けるよう、努力したかった。そのチャンスを与えられたかった。 それを許されなかった後悔は、いまだやわらかな傷跡として、ふとした折に痛みを生じさせる。春の美しい国、その中に小さく故郷を見るたびに、陽子の胸は切なく鳴いた。 この痛みがただ穏やかなぬくもりをなすまでには、まだまだ時間がかかるだろう。 陽子の顔に影が差したのを見て取り、口ごもったルイズに、陽子はやわらかな瞳を向ける。 「努力はあなたを裏切らないよ、ルイズ。あなたが頑張っていることは、わたしが知ってる。きっと他にも知っている人がいるよ。 …そしてね、ルイズ。生まれとか、血筋とか、そういうものは、きっとあんまり関係ないんだ。あなたは貴族たろうと努力しているね。多分それが、貴族として一番大事なことで。 だからあなたは、立派な貴族なんだと思うよ」 きれいごとだ、とルイズは思った。口先だけの、下手な慰めだと。 けれど、少年の言葉はすんなりルイズの心に沁みた。彼は「自分は逃げていたから」と言ったが、多分、そんなことはないのだ。彼もまた戦っている。 だから、ルイズと同じように、何かを目指して頑張っている者の言葉だから、頑なになっていたルイズの胸の奥まで、こんなにもあっさりと届いた。 「………平民風情が、生意気言わないで」 ルイズはきつく少年を睨んだ。けれど、おそらく彼にはわかっているのだろう。微笑ましそうな碧の瞳には、耳を真っ赤に染めた少女が映っている。 さあ、と陽子はルイズに笑いかける。 「あとはわたしがやっておくよ。ルイズは顔を洗って、着替えておいで。そうしたら丁度お昼の時間だ」 * ようやく片付けも終わり、陽子が食堂に向かった頃には、既に食事が始まっていた。 「…この中に入っていくのも、なんだか気がひけるな」 用事で遅れて、ひとり授業が始まっている教室へ入っていくあの感覚だ。数十対の目がぐるんと陽子を指す。 あれいやなんだよな、と思いつつ、少ない朝食で重労働をしたため鳴き出している腹を押さえる。最後の手段として宝珠があるが、それはまだちょっと遠慮したい。 さてどうするか、と陽子が考え込んでいると、そこに救いの神が現れた。 「あら、ヨウシさん?」 「シエスタ」 空のトレイをささげた黒髪の少女は、食堂の入り口で固まっている陽子にきょとんとする。 「どうされたんですか、こんなところで?ミス・ヴァリエールはもう中で食事をされてらっしゃいますよ?」 「ああ…。ちょっと、わたしは用事があって、遅れてしまって」 今から入るのもいかがなものかと思ってね、と苦笑すれば、まあ、とシエスタは口許に手をやった。 「では、ヨウシさん、厨房へいらっしゃいません?」 「え?」 「わたしたちの賄いでよろしければ、お出しできると思いますわ」 確かにおひとりでこの中には入りづらいですね、笑うシエスタに陽子も笑う。 「…じゃあ、すまないけれど、お言葉に甘えようかな」 「はい、どうぞ」 微笑んだ少女は、楽しそうにトレイを胸に抱いた。 賄いと言って出されたシチューの味は、かなりのものだった。聞けば貴族に出す食材の余りを使っているらしいので、それは豪華なものだと感心する。 そういえば洋食を食べるのはどれくらいぶりだろう、シチューくらいなら慶でも作れるかもしれないな。 嬉々として協力してくれそうな顔と、渋い顔で嗜める顔を思い描き、どうやって石頭を言いくるめようかと考える間にも、口と手は止まらない。あっという間に完食して手を合わせる陽子に、シエスタは嬉しそうに笑う。 「本当にお腹がすいてらっしゃったんですね。おかわりもありますよ?」 「いや、もうお腹いっぱいだ。ありがとう、すごく美味しかった」 よかった、目を細めるシエスタが重そうなトレイを持っているのをみて、陽子も席を立つ。 「手伝うよ、シエスタ。昼食のお礼に」 「まあ。…それじゃあ、デザートを配るのを手伝って頂けますか?」 「わかった」 彼女の手からトレイを取り上げ、ふたり連れ立って食堂へ向かう。陽子がケーキの乗ったトレイを持ち、シエスタがそれをひとつずつ配膳する。 傍では巻いた金髪の少年が、友人らしき少年たちとなにやら賑やかに騒いでいた。 「なあギーシュ、今は誰とつきあっているんだ?」 冷やかすような調子の声に、ギーシュと呼ばれた少年は傲慢に笑う。 「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を喜ばせるために咲くものだろう?」 そんな会話を聞くともなしに聞いていた陽子は苦笑した。なんとも気障な台詞である。ま るでミュージカルやオペラに出てくる色男のようだ、と少年をみていると、彼のポケットから何かが転がり落ちた。あ、と陽子が声を出すと、それに気づいたらしいシエスタがトングを陽子の持つトレイに置いた。 「ちょっと行って参りますわ」 液体が入った小瓶を拾い上げるシエスタに頷き、陽子は配膳を再開する。トレイの上のケーキは既に四分の三ほど配り終えており、これならひとりでも配ってしまえる。 慣れない手つきでなんとか配り終えて、さてシエスタは、と食堂を見回した途端、少女の甲高い声が響いた。 「嘘つき!」 見れば金髪の少年が、頭からワインを滴らせ、去っていく少女を唖然と見送っているところだった。 (…痴話喧嘩かな) 金髪の少年は、先程自分を薔薇とたとえた少年だった。あれならそうであってもおかしくないな、と目を逸らしシエスタを探すが、申し訳ありません、と蚊の鳴くような声にはっとする。 そちらに視線をやれば、泣きそうな顔をしたシエスタが、少年に頭を下げていた。 「君が香水瓶を拾ったおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。いったいどうしてくれるんだね?」 「も、申し訳ありません…!」 「僕は君に声をかけられたとき、知らない振りをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転をきかせてもよかっただろう?」 「…申し訳ありません…」 ひたすら恐縮して縮こまるシエスタの姿に、怒りが沸いた。 何を言っているのだ、こいつは。 地位と権力を持って立場の弱いものをいたぶる、それは陽子の最も嫌うものだった。ずかずかと間に割って入り、シエスタを背に庇う。主上、呆れたような溜め息は聞かなかったことにした。 「…なんだね、君は?」 「ヨウシさん…」 胡散臭そうな少年の視線と、縋るようなシエスタの眼差しを受けて、陽子は少年を睨みつける。 「…見事な責任転嫁だが、そもそもの原因は二股をかけたお前にあるんじゃないのか?」 どっ、と周囲から笑いが沸く。 「そのとおりだ!ギーシュ、お前が悪い!」 ギーシュの頬に赤みが差した。怒りを取り繕うかのかのように薄ら笑いを浮かべ、鼻を鳴らす。 「…ああ、君はゼロのルイズが呼び出した平民君だったか。さすがはゼロだな、貴族に対する礼儀すら知らない輩を呼び出すとは」 「貴族を名乗るのならば、まずはそれ相応の振る舞いを身に着けろ。お前の今の言動はただの我が侭な子供の八つ当たりにしか見えなかったが」 冷ややかな眼差しに刺され、ギーシュはぎりと歯を噛んだ。平民とはいえ女性を傷つけるつもりはなかったが、これなら存分に気を晴らすことが出来る。よかろう、ギーシュは胸に刺していた薔薇を抜き取った。 「君に礼儀というものを教えてやろうじゃないか。丁度いい腹ごなしだ」 「…なるほど」 酷薄に笑んだ陽子にギーシュはくるりと背を向ける。 「場所はヴェストリの広場だ。準備が出来たらきたまえ」 取り巻きを引き連れ食堂を出て行く少年に、どこまでも気障な、と鼻を鳴らし、陽子はシエスタへ振り向いた。彼女はがたがたと震え、真っ青な顔をしていた。 「シエスタ?もう大丈夫だよ」 あいつは行っちゃったから、肩をぽんぽんと叩いても、彼女の震えはおさまらない。 「…あ、あなた、殺されちゃう…。貴族に逆らったりなんかしたら…」 「え?」 堪え切れなかったかのように、シエスタは脱兎のごとく逃げ出してしまった。…そこまで、平民に貴族の恐怖は根付いている。 やれやれ、と頭をかいたところで、目下一番の問題が陽子の背をどついた。 「何やってんのよあんた!見てたわよ!」 「ああ、ルイズ」 「ああ、じゃないの!あんた何勝手なことしてんのよ!決闘?馬鹿じゃないの!」 「えっと…」 やっぱり怒られるだろうな、とは思っていたので、苦笑しきりだ。ルイズは陽子をじろりとねめ上げる。 「謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」 「それは嫌だ」 即答する陽子に、予想はしていたのかルイズは大きな溜め息を吐く。 「あのね?怪我だけじゃすまないのかもしれないのよ。いいから謝っちゃいなさい。…平民は、絶対にメイジに勝てないのよ」 「…だれがそんなことを決めたの?」 「…え」 冷えた声に、ルイズは目を見張る。陽子は、静かに怒っていた。 ここ一日で大分この世界のものの考え方もわかってきた。民主主義の世で育ってきた陽子には、それが滑稽にさえ思えることも。 何故貴族であるのか――――それをわかっていない連中が多く思えるのは、ここにはこどもしかいないからなのか。 「上に立つものの、その力は何のためにある?――――民のためでなければならないはずだ」 「………」 何も言えずに口を噤むルイズに背を向ける。 「ヴェストリの広場って?」 「こっちだ、平民」 遠ざかる背中に、ルイズは吐き捨てる。 「…使い魔のくせに。なによ、平民のくせに」 それなのに、上に立つものの責任を説いた少年の眼差しは、まるで王者のようだった。 前ページゼロのメイジと赤の女王
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前ページ魔法少女リリカルルイズ ユーノはデルフリンガーを構えたまま、祭壇に向かう。 その目はルイズも見たこともないくらいに感情が濃く滲み出ていた。 その視線を受けてもなお平静を保つワルドもまた、抜いた杖を手に出口に向かう。 「なんで……」 ワルドはユーノとの距離を一歩ずつ詰めていく。 そのたびにルイズもまた、ユーノの側に行こうと後ずさった。 「なんでルイズを裏切ったんですか!ルイズを守るんじゃなかったんですか!」 「そんなことも言ったな。だが、嘘というわけでもない。僕の目的のためにルイズは必要だ。必ず守るよ」 「ルイズがそんなので納得すると思ってるんですか?」 たどり着くと、茶色いマントの小さな背中がルイズをかばった。 それを見たワルドは杖を構え、切っ先をユーノに向ける。 「納得できないかね?それでも私に任せた方がいい。君ではルイズを守ることはできない」 「ここまで来た彼には十分守れると思うが」 ワルドの肩口にブレイドかけた杖が置かれた。 「正直どういうことかよく分からなくてね。花嫁をめぐる諍い、とでも思ったのだがそういうわけでもなさそうだ。子爵、その少年に向ける杖を納めてもらおう」 その魔法の刃をワルドの首に向けるのは、アルビオン王国の皇太子ウェールズ。 「そして目的というのを教えてもらおう」 「いいだろう」 ちらりと後ろを伺うワルドは杖を下ろし、秘めていた目的を語り始めた。 「目的は三つ。一つはルイズ、君を手に入れることだ」 「私はあなたになんか着いていかないわ!」 ユーノの肩に手を当てるルイズは迷いなく答える。 「彼と共になら行くかね」 「えあっ!?」 その時顔に一瞬だけさした朱は、次のワルドの言葉ですぐに流された。 「二つめはアンリエッタの手紙だ」 ルイズはもう一方の手でポケットを中の手紙ごと握る。 「貴様、レコン・キスタか」 全てを察したウェールズが杖を強く握りしめた。 その杖はワルドの首筋に当てられ、わずかでも動けば彼の命を奪うだろう。 既に彼には何もできない。 にもかかわらず顔色一つ変えないその姿は、ルイズの胸の中の不安を大きく育てていた。 「三つめは……」 何がこらえきれなくなったのか、ワルドは突然苦笑を浮かべた。 「ユーノ君、やはり君はルイズを守りきれないよ」 「まだ話しは終わってはいないぞ!言え、三つめの目的は何だ」 それを無視して、ワルドの視線が前後に走る。 ウェールズの杖は首筋に、ユーノのデルフリンガーは胸元に。 一本の剣と杖は確かに自らに向けられている。それがワルドの見たいことだった。 「例えば、こういうことだ」 閃光が2本、礼拝堂の中で輝いた。 一つの閃光はユーノの背中に。 自分の背中に走ったそれを感じたユーノは片手でルイズを突き飛ばす。 「きゃっ」 シールドは間に合わない。今、それを使う手はルイズをのけるために使ったからだ。 ならばガンダールヴのルーンの輝く手で持ったデルフリンガーを閃光に向けて振る。 だが、ルーンの力で獣のような早さを持っているにもかかわらず、それを上回る技でデルフリンガーは跳ね上げられ、再び走った閃光がユーノの胸を切り裂いた。 「ユーノ!」 ルイズの声がルーンの輝きをさらに増す。 胸の傷をものともせず振るわれたデルフリンガーが閃光──背後に新たに現れたワルド──を切り裂く。 直後、ユーノは両膝を床に着いた。 そしてもう一つの閃光はウェールズの肩を深々と切り裂く。 少年と王子は同時に倒れ、それを2人のワルドが見下ろしていた。 風の系統に遍在、という魔法がある。 一つ一つが別個に意志と力を持つ分身を作り出すこの魔法は、風の系統が最強と言われるゆえんでもある。 ラ・ロシェールでワルドがユーノと戦うと同時にルイズの手を引いていたのも、今また3人のワルドがここに存在するのもこの魔法のためだ。 流れる血は速やかに広がり、冷たい石畳をその色に染め上げていった。 「あ、あ、あ」 なにを言っているか、自分でもわからないルイズが見ているのは倒れているユーノだけ。 体が血で汚れるのも構わず、その体を抱き上げた。 「ユーノ、ユーノ、ユーノ!」 それを石畳よりなお冷たい目でワルドが見下ろす。 「ラ・ロシェールには居る前に使った飛行魔法を見ていたのでね。もしやと思い準備させてもらっていた」 あらかじめ礼拝堂内に遍在を隠しておいたのだ。 「だが、奇襲を相打ちに持ち込まれるとはな」 話術を持ってユーノとウェールズ、双方の注意を自身に向け、遍在から逸らし、奇襲をかける。 それは成功していた。 ウェールズが遍在を倒せず、一撃をただ受けるだけで終わってしまったことが証左である。 そこまでしてユーノを討ち取ったものの相打ちとなり、遍在を一つ消されてしまったことにワルドは内心舌を巻いていた。 「君は確かに優れた戦士だ。未だ荒削りながらもその剣技と魔法を持ってすれば勝てない相手はまずいないだろう」 足下に転がるウェールズの杖を蹴り飛ばし、ワルドはユーノとそれを抱くルイズに向け遍在を残して歩き出す。 「だが、戦いには向いていない。君は既に私の遍在を知っていたはずだ。だが、ルイズを助けようとするあまりそれを忘れた。それでは私には勝てない。ルイズを守りきれない」 ルイズを目前にワルドは足を止める。 突然に灯った光に目を焼かれたからではない。 その光の元がユーノだからであり、そのユーノが光の中で姿をフェレットに変えたからだ。 「ふ、ふははは。はははははははは」 考えてみれば単純だった事実、それに気づけなかった自分、気づけるはずもない現実。 そこからこみ上げた笑いをワルドは口元に当てた片手で握りつぶした。 「そうか、そういうことだったか。これは意外だ。ユーノとユーノ。そういうことだったか。その少年がルイズ、君の使い魔だったとはね」 絶対の優位を得て、ルイズを見下ろすワルドは落ち着き払い、そして優しげに聞いた。 「ルイズ、もう一度だ。僕と来るんだ。世界を手に入れるには君が必要だ」 万策尽きた……わけではない。レイジングハートがある。 だが、いまのルイズの心を占めるのは怯えと不安、そして恐れ。 それはルイズの心をかき乱し、自らの持つ最大の力を忘れさせていた。 「わかったわ。行くわ。だから、助けて。死んでしまうわ。お願い」 ユーノはフェレットの姿になると傷が早く治ると言っていた。 なのに、血を止めようと傷口に当てた手にはぬるりとしたものが耐える新しいものとして指の間だから零れていく。 それほどまでに傷が深い。 「それでいい」 まだ言葉だけだ。何が変わったわけでもない。 それでも、今まで押しつぶされていたようだった体がすこしだけ軽くなったように思えた。 「行こう、ルイズ」 返事はしない。喉につまったように出てこなかった。 ルイズはそれを真に望んでいたわけではないのだから。 「その前に、ユーノ君には死んでもらおう」 「え?」 立ち上がろうとした膝から力が脱ける。 足が砕け、思うように動かない。不安がよりいっそうの強さでルイズをその場につなぎ止めた。 「待って、助けてくれるって」 「助けるのは君だけだ。ユーノ君は別だ」 「でも、私が行けば良いんでしょ?ユーノは私の使い魔なのよ」 「ルイズ!」 既に心の挫けたルイズにはその言葉に逆らえない。 そうなった時に彼女を支えるべき1人は倒れ、もう1人は敵となっていた。 「小鳥を飼う時はどうするか知っているかい?逃げないように羽を切ってしまうんだよ。ユーノ君がここに来た時わかったよ。彼は君の翼だ。彼が傷を癒せば君は僕の元から逃げようとする。だから……」 それをするのが最善。 そう諭すように、彼は言った。 「翼は切ってしまおう」 「い、いや!」 「さあ」 そして、昔、小舟で泣いていた自分を迎えに来てくれた時のような微笑みさえ浮かべていた。 だけどそれは、とても、とても恐ろしいものにしかルイズには思えなかった。 (助けてあげる) それは声ではなかった。 念話と呼ばれる系統魔法にはない心で交わす言葉の魔法。 それで話されるルイズの知らない誰かの声が聞こえてきた。 (誰!?) 答えずに誰かの声はただ伝えるべき事のみを伝える。 (助けてあげる。その代わり、あなたの持つジュエルシードを一つ。私にちょうだい) (でも) 考えるべき事、考えなければならないこと。心のかき乱されルイズにはどうしたらいいかわからない。 ジュエルシードは大切。でも、ユーノの命はもっと大切。でも、ユーノはジュエルシードを集めている。それを本当に誰かに渡して良いのか。 その答えをすぐに出すことは、今のルイズにはただ普通に魔法を使う事よりも困難に思えた。 「put out.」 「え……?」 ルイズは何もしていない。 しかし、レイジングハートは独自の判断でスタンバイモードのまま限定された機能を使う。 その結果は、ルイズの目の前に青い宝石──レイジングハートに封印されていたはずのジュエルシード──という形で現れた。 突如現れた青い宝石を見ていたのはルイズだけではない。 それが突然であったが故にワルドもまた青い宝石に目を奪われた。 だからこそ、歴戦のメイジである彼もそれに対応しきることはできなかった。 「Photon lancer」 不意に天井が爆発を起こした。 稲光を纏い落下する天井の梁が狙いすまいしたようにワルドめがけて落ちてくる。 ワルドはそれに後ろに控えさせていた遍在をぶつけた。 「ちっ」 ブレイドで二分したものの、巨大な質量は止まらない。 ワルドの本体はそれを避けるためにも床に自らの体を投げ出し、ルイズから離れざるを得なかった。 梁に潰される遍在を見ながら三転、世界が回る。 立ち上がったワルドは、舞い散る埃の中に、ルイズの前に立つ新たな一つの人影を見つけた。 土煙のベールは退く。その向こうの人影は、長い金髪を二つに結び、黒い杖を持つ、黒い衣装のメイジだった。 「何者だ」 黒いメイジの少女は奇妙な装飾を施した杖を振った。 ルイズの目の前に浮かんでいた青い宝石は、瞬きの内に装飾の一部を成す金の宝玉の中に消える。 それからやっと、少女は答えた。 「フェイト」 「なら、そのフェイトは何をしにここに来たのかな」 フェイトはワルドの視線からルイズを守るように立ちはだかり、杖を真横に構える。 「彼女を、ルイズを助けに来た」 「できると思っているのかね」 「……」 フェイトを見据えるのは計3人分のワルドの視線。 無論、そのうち2人は魔法で作られた遍在だ。 落ちる梁を避けるために、未だ隠れていた2人も姿を現さざるを得なかったのだ。 「4人の私と戦って、たった1人で勝つつもりなのか?それとも、包囲を突破して逃げるつもりなのか?」 既にフェイトの退路は2人の遍在が断っている。 そして、この少女の実力がどうであれ4対1で閃光の名を持つスクウェアメイジにたった1人で、しかもルイズを守りながら戦って勝てる道理があるはずがない。 「切り札を出したのだ。どちらにせよ邪魔はさせない」 4人のワルドがそれぞれ違う形に杖を構える。 だが、共通するものがあった。それは必殺の殺気。 「あなたの切り札はあなただけの切り札じゃない」 なのに少女はいささかの怯えを見せることなく、杖をかちゃりと鳴らした。 「バルディッシュ。ユピキタス・デル・ウィンデ」 「yes, sir.ubiquity of wind.get set.」 前ページ魔法少女リリカルルイズ
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前ページ次ページゼロのロリカード ――――――ルイズ達の眼前を包み込んだ炎熱が掻き消える。 否、より強い何かに吹き飛ばされた。 それは火のブレスのみならず、火竜騎兵もろともであった。 熱気の残滓だけが・・・・・・ついさっきまで、確かに迫っていた死の匂いを感じさせた。 ルイズは目をぱちくりさせる。 タバサは中途半端に唱えたジャベリンの詠唱を霧散させる。 「まだまだですね、ルイズ」 自分の名を呼ぶその人は誰だろう・・・・・・? 頭ではすぐにわかったが、「こんなところにいる筈がない」と思考がおっつかない。 魔法衛士隊の服に、隊長職を示す羽飾りのついた帽子。 マンティコアが刺繍された黒いマントに、本物の幻獣マンティコアに乗り立つその人物。 顔下半分を鉄のマスクで覆い、左手に杖を持ち、風をその身に纏うメイジ。 現存するメイジの中でも、間違いなく最強の一人に数えられる退役騎士。 トリステイン史上指折りの英雄。トリステインの生ける伝説。 鋼鉄の規律を今もその心根に置き続ける、先代マンティコア隊隊長。 その風魔法は荒れ狂う暴嵐の如く。その速度は疾風の如く。 さらにはあの吸血鬼アーカードと闘い、引き分けた『烈風』。 「か・・・母さま・・・・・・?どうして・・・・・・?」 ルイズの呟くように問い掛けた言葉にタバサは驚く。目の前の男装の麗人がルイズの母親なのかと。 タバサもなりたてとはいえ、一応は風のスクウェアである。だがその実力差は分析するのも馬鹿らしかった。 同じ風のスクウェアであろうルイズの母は、自分なんかとは比べ物にならないほど。 たった一人で戦局を引っくり返し、小手先の戦術など無駄だと思い知らせる圧倒的な強さを肌で感じる。 「それはですねルイズ、あなたの成長ぶりを見に来たのですよ」 『烈風』カリンことカリーヌ・デジレ。 ルイズと同じ桃色の髪に鋭い瞳。老いて尚、美しさと強さを保つその姿。 カリンの纏うオーラはそのまま渦巻く風になる。 カリンが使ったであろう魔法は、風の結界と化してガリア竜騎兵を近付けさせない。 そのおかげで、今も悠長に話すだけの時間が作られていた。 「もう二つほど言うなら、我が娘が心配なのと・・・・・・」 カリンは鉄のマスクをはずして微笑む。 「少し昔の血が騒いだといったところですね」 それは娘を慈しむような笑みと、これから暴れられるという歓喜の笑み。 それら二つが絶妙に絡み合った不思議な表情。 アーカードと戦ってから、心に僅かにともった火種。 それが日々を重ねるごとに大きく燃え上がり、これ幸いと戦場へと赴いた。 風を一身に味方につけたカリンと、カリンの駆るマンティコアは竜騎兵の速度すら歯牙にかけない。 「でも・・・・・・どうやってここを?」 「一度王宮へ寄ったのですよ」 そう言うと、カリンは回想を始めた。 ◆ 王宮中庭の直上。マンティコアの背からカリンは見下ろす。 気付けばなにやら戦闘が行われており、女王と騎士、そしてそれに相対する者が見えた。 王宮周辺の不自然なほどの無警戒さ、相当の負傷をした様子である女騎士と満ちる殺気。 長年の経験が・・・・・・第六感のようなものが告げている。 否、そうでなくとも自明の理だった。 ここまでやって来たのも、王宮勤めの兵が一人もいなかったからに他ならない。 明らかな異常事態、恐らくは敵の襲撃。それもかなり強力な術者。 目を鋭くし、カリンは詠唱する。 極々単純。風を吹かせて思い切り叩き付ける。ただそれだけの魔法。 しかして烈風を体現したその一撃。敵と見られる二人の男女を、その不意を打った一発のみで完全沈黙に追い込んだ。 そしてマンティコアを中庭に降下させ、地へと飛び降りると、すぐに恭しく片膝をつく。 「何者だ」 満身創痍に見えるが、それでも目の光を失っていない女騎士アニエスが恫喝するように言う。 「お久し振りでございます、陛下」 そんな騎士の問いも、カリンはどこ吹く風と跪いて礼をする。 「えっ・・・・・・と・・・・・・」 逡巡する女王アンリエッタの声音から感じる迷いに、カリンは顔をあげずにそのまま言葉を続けた。 「覚えておられないのも仕方ありません。私は先代マンティコア隊隊長カリーヌ・デジレでございます」 「カリーヌ?まさか・・・・・・あの『烈風』カリン殿!?」 「・・・・・・それで、魔法衛士隊の服を・・・・・・」 アンリエッタは驚愕の叫びをあげ、アニエスは警戒を解かぬまま納得する。 「はい、その通りです陛下。王家に変わらぬ忠誠を。本日こうして馳せ参じたのは理由がありますが――――――」 カリンは己が打ちのめし、失神する二人へと向ける。 「――――――その前に、この者達は"敵"でよろしかったのでしょうか?」 万が一違っていたら申し訳ないと、一応確認をする。 「えっ・・・・・・?あっ、はいその通り"敵"です。ありがとうございます、助かりました」 「いえ、それは何より。もし味方であったなら、面目がありませんでした」 「・・・・・・ご助力、感謝します」 アニエスが素直に感謝の意を述べる。 実際窮地に立たされていたと言っても過言ではなかった。 もしも助けがなければ、陛下の御身が危なかったのは間違いない。 「では、改めまして。私がここに来た理由は戦争への参加の許可と、娘の居場所をお教え頂きたく・・・・・・」 「・・・・・・娘・・ですか・・・?」 アンリエッタは首を傾げる。 その疑問に答えるように、カリンは鉄仮面をはずして地面に置き、顔をあげた。 「公爵夫人?ラ・ヴァリエール公爵夫人ではありませんか!!ということは娘と言うのは・・・・・・」 「はい、我が不肖の娘ルイズでございます」 「公爵夫人があの『烈風』カリンその人でしたなんて・・・・・・」 アンリエッタは驚きを隠し切れなかった。 幼き頃から聞かされてきた、武勇伝を作ってきた人物が、まさか己の見知った者だったとは。 「現役を退いて長い私ですが、娘の成長を確認すると同時に出撃しようと思った次第です」 「なるほど、そうですか・・・・・・その・・・・・・わたくしは、謝らねばなりません。 わたくしはルイズを・・・・・・戦に参加するよう、前線へ赴くよう命令しました。 無二の親友を・・・・・・戦場へと誘ったのです。謝って済む問題でないことはわかっています。 が、わたくしにはこうすることしか・・・・・・本当に、申し訳ありません」 アンリエッタはカリンに対して深々と頭を下げる。 「陛下!!おやめください!!」 仮にも一国の女王が頭を下げるということが、どれほどの意味を持つのか。 アニエスはアンリエッタを制止する。だがそれでもアンリエッタは頭を上げない。 正直に話して謝罪する、それがせめてもの誠意。 「そうですね、確かに可愛い我が娘です。母の感情としても、謝られても済む話ではありません」 「カリン殿ッ!!」 アニエスはカリンを睨む。不敬な振る舞いに激昂する。 アンリエッタは頭を下げたまま、アニエスを無言で宥めた。 「・・・・・・しかし、かつて王家に仕えた一人の騎士として、その心情と覚悟はしかと承りました。 理由なくそのような命令を下す筈もありますまい。国を守る為に取った選択なのでしょう・・・・・・。 ルイズの使い魔である彼女の力が必要であろうことは、私も戦った手前よく存じ上げております」 (マスターと戦った・・・・・・!?) その上で五体満足で生きていることにアニエスは心中で声をあげた。 只者でないことは感じ取れていたが、まさかそこまでとは。 アンリエッタは目を静かに瞑る。女王として強く生きる。 それがウェールズとの誓いであり、アーカードにも諭されたこと。 国の・・・・・・人々の上に立つ者の責務。その重さを認識し、その道を進む。 そしてアンリエッタはカリンに説明する。 ルイズの虚無のこと。吸血鬼アーカードのこと。 現在の戦局。政治事情。この戦争の意味。己の覚悟。 「――――――・・・・・・以上と、なります」 「なるほど、了解しました」 カリンは自嘲気味に笑う。まだまだ自分は娘のことをわかっていなかったと。 虚無の担い手ルイズ。 目覚めたのは火の系統?とんでもない。始祖ブリミルが使ったとされる伝説の系統。 通常の魔法とは比べるべくもなく、多大な戦果をもたらした強力さにも驚く。 何よりも、娘ルイズの立派過ぎる成長に胸が熱くなる思いであった。 さらにその使い魔である吸血鬼アーカード。 魔法も使えないのに生粋の風メイジである自分と対等以上に渡り合った、あの者の強さに納得する。 ただの人間にしては不自然だと思っていたが、まさかそんな裏の面があったとは。 事実上トリステインが、今もこうして国として在るのは二人のおかげ。 これまで自分が積み上げた武功に、勝るとも劣らない英雄ではないか。 しかもそれを公にすることもなく、人知れず王家の為に今も粉骨砕身働き続けている。 使い魔を信頼し、女王を信頼し、そしてなにより自分自身をも信頼しているのだろう。 「では陛下。時間も惜しいので、私は出撃いたします」 引退したとはいえ、自分も負けてはいられないではないか。 カリンの心が躍動する。ルイズの成長をこの目で見て確認し、国の為に娘と肩を並べて戦う。 これ以上ないほど素晴らしいこと。 「はい、ルイズを・・・・・・よろしくお願いします」 アンリエッタの心配する表情に、カリンは「お任せ下さい」と頼もしく頷き、鉄マスクを装着する。 若かりしかつての『烈風』カリンの風格をそのままに、フワリと浮き上がってマンティコアに乗った。 カリンと共に風の恩恵を受けたマンティコアは、目覚ましい速度で空へと飛び去った。 「母親譲り・・・・・・なのですな」 アニエスがしみじみと呟く。アンリエッタも首を縦に振って同意した。 美しさも、血統も、芯の強さも。あの母にしてあの子ありと言った感じであった。 ◆ かいつまんで話し終えたカリンは、噛みしめるように目を閉じ、一拍置いてから微笑む。 「本当に立派に成長したようですねルイズ、まだまだ荒削りのようですが」 「母さま・・・・・・、ありがとうございます」 ルイズも笑みで返す。自信と尊厳を秘め、確固たる意志を込めた鳶色の瞳。 それ以上、母と娘の間に言葉は不要であった。 「征きなさいルイズ、周辺の掃除は私がしましょう」 「はいっ!!母さま!!」 シルフィードが飛ぶと同時に、カリンは鉄マスクを着け直し、眼光を鋭く飛んでいる敵騎兵を睥睨する。 ルイズ達が飛ぶ道を、風の呪文で切り拓く。未だ衰えぬ『烈風』。風の加護を受ける風の申し子。 「さぁ・・・・・・始めましょうか・・・・・・」 誰にともなく呟く。 それを契機にカリンの纏うオーラが一層強くなり、風がすぐに開放しろと言わんばかりに暴れ始めた。 悪魔と死神が踊る戦場に、舞い降りた一陣の烈風。 その参戦は、既に敗色濃厚であったガリア軍へと駄目押しする、 そしてその敗北を、より確定的なものへと変えた。 ◇ 降下、加速、上昇。 ジョゼフらの乗るフリゲート艦を目指し、シルフィードはもう一度飛ぶ。 母と会ったことで、ルイズのモチベーションは最高潮に達した。 感情が昂ぶり、魔力が律動し、心は無想へと相成る。 ルイズは始祖の祈祷書を開く。指輪がキーとなり、新たなページと文字の光が目に入る。 「・・・・・・新しい呪文?」 ルイズの嵌めた風のルビーの発光に気付いたタバサが言った。 「えぇ、これなら・・・・・・」 ルイズは作戦の説明をする。 虚無と先住。エクスプロージョンとカウンターの二段構えを突破する方法。 シルフィードはフリゲート艦の上空で旋回を繰り返す。 留まって飛行していても、烈風カリンが根こそぎぶっ飛ばしてくれたおかげで、竜騎兵の追撃は無い。 「大丈夫、信じて」 説明を終えたルイズの一言。タバサは力強く頷いた。 ルイズは機を見て飛び降りた。重力に逆らわずに落下する。 新たに覚えた呪文のルーンを唱え、準備は完了した。 落ちる時間は短い。 ルイズはサーベルを見えない反射の壁へと突き立てるように、ルイズは体勢を整える。 悠々と笑うジョゼフが放つエクスプロージョン。それがルイズを包み込む瞬間――――――。 ――――――ルイズは虚無を開放した。 初めて使う魔法であったが、憂いはなかった。 思惑通りにルイズは、フリゲート艦の甲板に到達していた。 そして放つ――――エクスプロージョン。 フリゲート艦の上方に膨れ上がった光の球は、反射を消し飛ばす。 同時にルイズから少し遅れて飛び降りたタバサが、フライで機動制御しながら光球へと突っ込んだ。 先住の反射のみを吹き飛ばすよう標的指定をされたエクスプロージョンは、タバサをフリゲート艦へと無事着地させた。 『雪風』を周囲に纏い、タバサはルイズと背中合わせに立って、それぞれ宿敵の姿を改めた。 タバサは口をつぐみ、ただ怜悧な眼光でジョゼフを見据える。 ルイズは不敵な笑みを浮かべた表情で、ビダーシャルを見据える。 ジョゼフとビダーシャルには、一体何が起こったのかすら、未だ認識出来ていない。 ジョゼフが上空にエクスプロージョンを放ち、ルイズを仕留めたかと思えば・・・・・・。 すぐ近くでいきなり光球が膨れ上がり、消える頃には見知った少女二人が何事も無く立っていたのだった。 ルイズの新たに覚えた虚無魔法『テレポート』。 術者を『瞬間移動』させるその魔法は、ジョゼフの『爆発』より一瞬早く発動。 ルイズは『解除』を掛けたサーベルを『反射』へと向け、艦の上に転移。 仮に『テレポート』が完全な転移ではなく、『加速』のような超高速の移動術であっても『反射』を切り裂くという算段。 音もなく甲板へと降り立ったルイズは、タバサから教わった静音詠唱で、二人に悟られぬよう『爆発』を唱える。 そして『飛行』で軌道修正し、次いで『氷嵐』を唱えたタバサは、『反射』を無効化したルイズの『爆発』を活路に艦へ乗り込む。 結果、ジョゼフのエクスプロージョンを空転させ、尚且つビダーシャルのカウンターを破ることに成功した。 美事なまでにジョゼフとビダーシャルの意識の間隙を突き、二人がフリゲート艦に立つことを許した。 二人を守るように展開された『氷嵐』の雪風は、ジョゼフの加速による奇襲を許さず。 今ここにようやく、タバサとルイズはそれぞれジョゼフとビダーシャルへと相対した。 「クッ・・・・・・フフッ・・・ふはッ・・フハッハッハハハハハハッハ!!」 ジョゼフは狂喜に打ち震えて笑った。ただただ笑いたくなった。 この感情を与えてくれた・・・・・・目の前の二人の少女に感謝したいと思うほどに。 戦争を起こした甲斐があった。悉く己が予想を裏切ってくれる。 この戦場という舞台で、踊り楽しませてくれる粒揃いの役者達。 なるほど、これはただの観客ではつまらないではないか。自分も是非、共に踊りたい。 まずは瀕死の重傷から立ち直ったシャルロットを殺し、次に同じ虚無の担い手であるルイズを殺す。 「・・・・・・」 ビダーシャルはただ目を見開き、そしてルイズと視線を交わす。 先住と虚無を破った少女を。宿敵たる虚無の担い手の姿を。 戦うつもりは無い・・・・・・が、虚無の少女の瞳はそうは言っていなかった。 (闘いもやむなしか・・・・・・) 虚無の力は侮り難し。 ジョゼフの力を近くで見てきて素直にそう思う。 反射を掛けたヨルムンガントも、魔法学院襲撃時に虚無を基点に敗れ去ったと言う。 そして今、実際に精霊の力たる反射を越えてここに立っているという事実。 もとより己は油断や慢心をする性格ではないし、加減をする余裕もないだろう。 フリゲート艦の上という制限下でもあるし、闘うのであれば全力で掛からねばならぬ。 (場合によっては・・・・・・殺してしまうやも知れぬな・・・・・・) 殺すことそのものの忌避。そして新たな虚無の担い手の目覚めへの危惧。 主人を殺された場合に於ける、その使い魔アーカードの行動。憂慮すべき点は多い。 (逃げるのも・・・・・・手か) むしろそれが利口な選択というものだろう。 ジョゼフとの約束があるし、見届けようとも思った。 だがしかし、個人のことだけではなくエルフ種族全体にも関わることである。 もしもルイズを殺し、あの真正の化物であるアーカードに敵意を向けられれば重大な問題に発展する。 ビダーシャルは退くことを心に決めた。 右手で左手を握りしめると、指輪に込めた風石の力を作動させる。 そして闘争の火蓋は切られ、最後の演目がいよいよ幕をあける――――――。 前ページ次ページゼロのロリカード
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前ページ次ページゼロの独立愚連隊 「あっちゃっちゃあ!!」 がばり、と跳ね起きるだらしない格好の男。まあ、服そのものはワイシャツにネクタイ、ロングコートと変ではないのだが、ことごとく手入れ不足でよれているのでしまらない。寝タバコなんて最近してなかったけどなぁ…、などと呟きつつ左手を振っている。と、 「目、覚めたみたいね」 「へ?」 言われて周りを見る。 不機嫌そのものの表情のピンクの娘さん。疲れた顔をして襟のよれたハゲチャビン。その他。ていうか、ここ地面の上? 「まだ夢の中みたいだねーあいたぁ!」 のん気に答える男に、べし、と目の前の女の子が星の飾りの付いた棒で頭を叩く少女。周りから上がる笑い声を受けて赤みを増していくその顔は、不機嫌そのものである。 だが、少女が視線にどれほど怒気を込めても目の前の男はのほほんとした顔を崩さない。というか、明らかにまだ寝ぼけている。 「あー……色んなことはさておいて、君、何?」 それにびくり、と眉を跳ね上げ、貴族様に向かって不躾に指を向けるその男に、少女は精一杯の厳格さ(のつもり)を乗せた声で告げる。 「私はトリステイン公爵家、ヴァリエールが三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 あんたを私の使い魔にしてあげるわ。光栄に思ってこれからはご主人様である私に精一杯奉仕しなさい!」 決まった。腕を組み仰け反りぎみの姿勢で頑張って見下すルイズは、内心で自分に喝采を送る。このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが召喚した使い魔なのだ。もしかしたらいや間違いなくでもやっぱりそんなことはなかたったりするんじゃないかという気もするのだがそれでもなお信じたいのであるからして特殊な能力があると仮定するならば、ここで上下関係をはっきりさせなければ使い魔に逆らわれると面倒である。 が、目の前の使い魔はしばらく指先と目をふらふらさまよわせた後、 「えー……あなたはSの字異常性癖の痴(幼)女で、私は性の奴隷として拉致られた?……優しくしてね?」 くねり、とポーズを取ってボケをかました。空気が凍結した。 あまりのキモさに思考停止するルイズ。 無表情で固まるコルベール。 微熱を絶対零度に持って行かれたキュルケとあんまり変わらないタバサ。 そして空気を読んで一緒に固まる大勢の生徒と使い魔。 … ……… ………… 凍りつく空気を破ったのは、あんまり空気を読まないor空気と同化しやすい丸い生徒だった。 「Sだ!ゼロがSになった!Sのルイズだ!」 「ぶ、ぶはははっははは!Sだって、Sのルイズ!よかったわね~、長年の悲願だったゼロのルイズの汚名返上が適ったわよってぷははは、ダメ、耐えられないぃひひっひひぃぃ…」 「いや~おじさんこの年で新しい世界に目覚めさせられそうになるなんて、困っちゃうなぁ。たはは~」 『ははははははははははははは』 「………」 悪い意味で汚名返上した、というか汚名上書きして怒りに震えるルイズ。しかし、先ほどから続く嘲笑や罵声、気絶している男にコントラクトサーヴァントを行ったときの下品な野次。それを考えれば、今さらこれに一々反論するのも燃料を供給するようなものだ。やむなく教師の権力で黙らせてもらおうと、コルベールの方を振り向き…… 背中を向けてガクガクと震えているハゲ。 「ぐうぅ…ぐふっ、ぐふっ……ふーっ、ふーっ……ぶっ、ごふっ…はぁーはぁー(ビクンビクン)」 ぎん!と一睨み効かせた後、再度使い魔の男に目をやると、こっちはこっちで頭は夢の中のようである。 「いやー、明晰夢だっけこういうの。楽しいねぇ~よーし、ロリっ子はあんまり趣味じゃないから下着ウェイトレスのお姉ちゃん登場で!(パンパン)」 「何が夢よ!黙れこの、この、エロ犬!!」 連続噴火しながら杖で男を乱打し、とどめに失敗魔法で吹き飛ばす。 息を荒げるルイズ。 爆笑する生徒たち。 いよいよ呼吸困難で顔色がやばいコルベール。 激動を迎えつつあったハルケギニアの歴史。それに止めを刺した、あるいは新たな歴史の風を吹き込んだ男。メック戦士ユージン・サモンジの(しまらない)戦いの始まりだった。 はっ、と目を覚ます。 見上げれば見慣れない天井。見渡せば白いカーテン。今いるのはベッド。不本意ながら負傷入院に慣れているサモンジは、とりあえず病室にいるんだなーくらいは把握した。 「とはいえ、ここ何処だろ?うちの基地の医務室じゃないよなー」 とりあえず今までのことを思い出してみる。いつもの氏族メックを想定したシミュレーターだけではく、実機を使用しての野外訓練を行っては、という話が出て、ならばついでにとエニウェア政府から蛮王国への強行偵察の依頼があったのだ。まあ強行偵察といっても、駐屯している部隊のいない小衛星の一つだし、サモンジ隊の実力は何度か小競り合いをして知っている相手である。ここで暴れるなら手を出すまい、という威嚇目的の軍事演習のようなものだった。 だが、そこに未探索と思われる星間連合時代の遺跡を発見したのだ。とりあえず規模が小さいこともあり、報告を出した後は小隊で軽く探索をしようということになった。基地に戻った翌週に準備を整え出発したのだが…… 「イワンの馬鹿が『この辺の浅い階層ならそうヤバイ罠も無いでしょうし経験点は温存しましょうや』とかいってケチったんだよ」 まあ実際そう致命的な罠も無く、いくつかの未探索の部屋の扉がロックされる程度のトラブルで済んでいた。のだが。 「妙な機械の集まった部屋の探索中に……だよなぁ、多分あのとき何かあったんだろうけど……」 「目、覚めたみたいね」 と、カーテンが開いて声がかかる。そこにいたのは 「あ。夢に出てきたSの人!」 ゴ。 とっさにルイズが掴んだ花瓶の一撃を食らって、サモンジは再度意識を手放した。 「夢じゃなーいっ!?嘘ー!!」 「夢じゃないって何度も言ってんでしょ、このバカ!私の使い魔にしてやるって言ってんの!それ以外無いの!」 「嘘だ嘘だ……私一人こんなところに拉致られてるなんて嘘だ……」 夜になってようやく目が覚めたサモンジはこんな調子である。 とりあえず今になってようやく互いに名前を告げ、状況を確認しようと会話を始めたのだが…… ルイズの語る、使い魔召喚の件からサモンジは矢継ぎ早に質問を繰り返し、魔法なんて信じらんない、使い魔って何?等のやり取りの後、通信機を散々弄り回して連絡が取れず、途方にくれて空を見上げれば衛星が二つも見える。 明らかにサモンジがいた蛮王国の衛生とも、その近辺にある居住惑星とも別の星である。加えて言えば、周辺宙域にある居住可能惑星ぐらいは頭に入っている。が、こんな独自の文明を持った隠れ里のような惑星があるとは考えられない。 ルイズからサモンサーヴァントやコントラクトサーヴァントを行ったことを説明されるが、「人間を対象にした超空間移動?あれは『よく似た空間を繋いで瞬時に移動』なんだから惑星重力下の上に大気圏内で行うなんて不可能なんじゃない?」などとルイズ達には意味不明のことを言い、そういう魔法だと言うルイズとそんなことはできないと言うサモンジで押し問答になった。 しかし、いい加減不毛になってきたと思ったサモンジが先に折れることにする。 「まあ、魔法で呼ばれたとして、倒れてたのは私一人?私の小隊の部下が3人いたんだけど」 「知らないわよ。サモンサーヴァントで呼び出すのは、基本的にハルキゲニアの生物1体だもん。あんた軍人?それとも傭兵?」 ここまでで、サモンジの頭にはサモンジにとって極めて致命的な重大問題が浮かび、それに占められた。そりゃもうサモンジにとっては、世界が滅びるのと『コレ』を天秤にかけられたら結論を出せないくらい重大な問題。 「じゃ、じゃあ!ルイズさん、ちょっと大事な質問が!」 ガバリ、とルイズの両肩をつかんで真剣な顔になる。 「な、何よっ!」 一瞬気圧されるが、平民如きに、と睨み返す。 「私のサイクロプスは何処だ?」 変なことを聞かれた。一つ目巨人が、私の?この使い魔の、物?もしかするとこのさえない平民は、凶悪な幻獣を手なずけるような特殊な技能を持っているんだろうか?そう思ってルイズは問い返す。 「何よ、もしかしてあんた魔獣使いとか、そんな感じの特技持ってんの?」 「いや、私はメック戦士だってば。だから私のメックは?サイクロプスは?ねえ何処っ!!」 頭に疑問符を一杯に浮かべながら、気になる単語を拾う。 戦士でサイロプス?もしかして、こいつ実はすんごく強くてサイクロプスをやっつけたところとか?勝利の証としてーとかで探してるのかしら?そんな考えが浮かび、サモンジを見る目に興味の色が混じる。 そういえばベッドに寝かしたときに色々変な道具を持ってたが、コートの下に剣が差してあったと思い出す。 「えっと、あんた戦士?とりあえず私が呼び出したのはあんただけよ。その、あんたのサイクロプスは呼び出してないから無いわよ、残念ね」 それを告げた瞬間、ようやく事実を受け入れたサモンジは、まさしく世界が滅んだかのような顔でずるずるとルイズの体から床までへたり込んでベッドからずり落ちる。そしてそのままうずくまってしまう。 「とほほ~失機者になっちゃた……またなっちゃった……メックが、ない……人生で2回もメックを無くすなんて……」 一気にテンションが下ったサモンジが心配になり、屈んで顔を起こそうとすると、がばり、と飛びつかれた。 「ルイズちゃん?メック戦士はね、メックで戦うからメック戦士なんだよ、メックがないとメック戦士廃業だよ、国から領地取り上げられて一家取り潰しだよ、一家離散だよ!?君が不用意に私を誘拐するからだよ!!」 「おおおおお、落ち着きなさいよあんた!うわっ、汚っ!!」 半泣きで迫るサモンジ、逃げ惑うルイズ。ある意味形勢は逆転している。事態は全く好転していないが。 「ル゛イ゛ズぢゃ~ん、君、貴族で魔法使いだって言うならこれ、解るよねぇ……メックの無いメック戦士なんて、売り物の無いお店、魚がいない釣堀、剣のない剣士だよお~」 「ちょっと、ちょっと、あんたさっきから変なテンションで喚くわ泣くわ…私の使い魔なんだからもっとシャキっとしなさいよっ!」 「もうホント、魔法の使えない魔法使いみたいなもんだよー、こけおどしにもならない、張子の虎以下の邪魔な置物ですよぉぉぉおーいおいおいおい……」 ぶちり。 とりあえずまた花瓶でぶん殴った。 そしてひびの入った花瓶を提げて、ルイズは大きくため息をついた。よりによって人間、それも杖を持たない平民である。役立たず以外の何者でもない。どうせこんなことだろうから、とコルベール先生にも何度もやり直しをさせてもらうよう頼み込んでいたのに、と少々八つ当たり気味にコルベールへ呪いの言葉を呟く。どうやら特殊な能力を持っていない、単なる平民の傭兵か何かのようである。自分が魔法を使うまでの壁にしからならい出来損ないの召使。そう思うと涙がにじんでくる。 私の人生は、今日劇的に変わるはずだった。それが、今になって思えば根拠のない妄想だったと思い知らされる。これが私の現実なのだ。平民でも召喚できただけまし、留年しなかった。でもそれだけ。 ふるいから落ちなかっただけで、次のステップに進む生徒たちを未だふるいの上で見送るだけ……… 「だめよ、弱気になるな!だったら私が、私の魔法で見返すのよ…」 そうだ、使い魔の力で皆を見返そうなど弱気もいいところだ。明日からは、なめられないようにこいつを私に従わせて、あとは私の実力で勝負よ!そう自分に言い聞かせ、無理矢理にテンションを上げて心を奮い立たせる。そうだ、こんなのに頼れるものか! 「よし、まずはこいつのせいで恥をかかないように躾けることからよ!ちょっと、途中になっていた使い魔の心得を………」 返事がない。 見れば、目をぐるぐるにして完全に気絶している。サモンジは体力度を基準より下げてるので気絶しやすいのだ。 ルイズは、使い魔の使えなさに魔法使いの道のけわしさを思い知り、大きくため息をついた。 「と、とほほ、とほほほほ~……じ、人生で2回も失機者になろうとはあぁぁぁ~」 「だから、それはもういいって!ふ、ふん、あんたが前の国の貴族だろうと関係ないわ。あんたが自分で言っちゃったんだもの、こんな遠くじゃ国の迎えも来れないどころか、一生故郷に連絡できないってね。これで私が平民のあんたを一生奴隷にしたって問題ないわ」 「横暴だー、アレス条約を遵守せよー」 やけくそ気味にぶーぶー文句を言う使い魔を後ろに連れて食堂に向かう。使い魔は自分が目を覚ましてもまだ寝ていたので叩き起こした。着替えを手伝わせようとしたが、なんかこいつに下着を見られるのは気分が悪かったので自分で着替えた。 あと、自分のことをやたら子ども扱いする。朝、自分に向かって「ルイズちゃんおはよー」などと言いやがった。しかも、なんど言っても子ども扱いをやめない。確かにこいつの方が相当年上だが、ご主人様に向かってこれはあるまい。 確かに、自分で言ってもなんだが人間を誘拐して奴隷にしているというのは気分が悪い。だがヴァリエール家の三女である自分が留年などという汚点を残すわけにもいかない。おまけに、この男が故郷に連絡できないとなれば誘拐の事実は発覚しない。 そう、この男は孤立無援である。逃げ道は無い。それをいいことに自分は………そこまで考えて、ますます気分が悪くなる。そうだ、こいつが悪い。こいつが召喚されなければ自分がこんなことで悩まずにすんだのに。 「しかも拉致って奴隷って……私、何か悪いことしたかな……サイクロプスは置いたままだけど、誰か家を継げるメック戦士なんていないからなぁ……」 しかも愚痴ばっかりだ。どうやら、こいつはメック戦士という傭兵だったらしい。強いのか、と思ったが「メックが無いとただの人」「メック戦士は生身だと弱いものだよ」などとしゃあしゃあと言われた。 「私だって愚痴りたいわよ、こんなハズレを……まあ、ヴァリエール家のメイジの使い魔になれるってのは光栄なことよ。感謝しなさい。それと、他の生徒に会うまでには立ち直っておきなさい。そんなみっともない姿をさらしたら朝ごはん抜きよ」 そういって先を急ぐ。が、廊下の先に嫌なものを見つける。 「止まりなさい、サモンジ」 「へ?どうしたの、ルイズちゃん」 サモンジが問い返すが、その目をじっと前に据えたまま言葉を発しない。視線の先にいるのは、宿敵ツェプルストー家のキュルケである。少なくとも、いきなり遭遇戦はまずい。向こうは見る限りサラマンダー、こちらは平民のおっさん。勝ち目はその名の通、ゼロだ。 「どうしたの?遅れるよ。私もお腹空いてるし、さっさと朝飯にしようよ」 それに気づかずのんきに自分をせかすサモンジ。まだだ、あれが食堂に入った後、なるべく離れた席に座る。遭遇は授業の時にすればまだ……… 「あら、おはようルイズ」「……おはよう、キュルケ」 挨拶を交わす二人。あまり空気がよろしくない。サモンジは居心地が悪そうに視線をそらすと、キュルケの使い魔と目が合う。 「やあ。おはよう」「(グルグル)」 挨拶を交わす一人と一匹。サモンジが握手をするように右手でサラマンダーの喉をなで、左手を頭に当てておじぎをする。サラマンダーは喉を鳴らして応える。 爆笑するキュルケとますます不機嫌になるルイズ。 「あっはっは、ほんとに人間なのね。しかも愉快な」「うっさいわね!」 そう言ってひとしきり笑ってからサモンジを見る。上から下。下から上。ちゃんとすればそれなりに見れるのだろうが、いい加減な服の着こなしにしまらない雰囲気…… 「ほんと、あんたにお似合い………お名前は?」 「ん?ああユージン・サモンジですお嬢さん。よろしく」 お嬢さんときやがった。ルイズの目がさらに釣りあがる。しかも、頭を下げながら胸をガン見している。それを知ったキュルケに軽く笑っている。 「じゃあお先。急がないと遅れるわよ」 去っていくキュルケとサラマンダー。キュルケのお尻を視線でホーミングするニヤケ面のサモンジ。蹴りを放つルイズ。そして 「あんた飯抜き」 「はぁ!?」 いや、あれは不可抗力で……と言い訳するサモンジを置いて、ルイズはさっさと食堂に行ってしまった。 食事を終えたルイズとサモンジは教室に向かった。教室の扉を潜ってすぐにサモンジは周囲の常識外れの生き物たち驚きの声をあげ、その様子をルイズが呆れたように見ていた。 隣の席に漂っている空飛ぶ目玉という非日常にビビっているサモンジの気も知らず、最初の授業の担当であるシュヴルーズが教壇に立ち当たり前のように授業が始まる。授業は順調に進み、シュヴルーズ教師の錬金の実演が行われる。赤土を真鍮に変えるというもので、さりげなく自分がトライアングルと自慢している。ムカつく。 それを見ていたサモンジがひどく驚いてルイズの肘をつつきながら妙な敬語で質問をする。 「あの、ルイズさん。あの人、粘土を真鍮の塊にましたけど…どう見ても重くなってますよね?どういう原理なんですか」 「原理も何も、組成を司るのが土の魔法よ。当たり前じゃない」 さも当然のように答えるルイズと、質問の意図が全く通じないことに頭を抱えるサモンジ。これでは話にならないと思ったのか、やおら立ち上がると手を上げる。 「はいは~い、先生しつもーん」 「サ、サモンジ恥ずかしいからやめなさい!」 能天気に手を上げて質問するサモンジ。平民の使い魔が授業に口出ししたということよりも、そのひょうきんな姿に生徒達は大笑いしている。慌てたのはルイズである。自分への質問をやめたと思えば、こんなまねをしでかすとは。 「?あなたはミス・ヴァリエールの使い魔……まあいいでしょう。魔法が使えないとしても知識欲があるのは良いことです。どうぞ」 「はーい、黄金は不可能ということでしたがー、錬金の難易度は周期表に従うんでしょうかー。というか黄金より重い鉛の錬金は黄金より簡単なんでしょうかー」 「し、周期表?まあともかく、黄金と比べれば鉛のほうが簡単に錬金できますね。これは金属としての格が錬金の難しさに……」 「ふむ……卑金属と貴金属で分かれるのかな?てことはやっぱり結合しやすい方向への錬金なら簡単ってことなら、段階的に錬金すれば……でも赤土を一発で真鍮ってことは不純物が多すぎるから何度も処理が……」 シュヴルーズの説明に真剣に聞き込み、ぶつぶつと独り言を言いながら考えるサモンジ。置いてきぼりのルイズ。ぶっちゃけサモンジの質問の意図と、今考えていることが理解できない。 サモンジとしては、他にもコンマ以下の比率で合金を作り分けられるのか、質量を無視して物質を作れるか、核融合物質を容易に生成できるか、といったものも聞きたかったのだが、今の手ごたえから考えるに十分な答えは期待できないだろう。それにしてもあんな不純物だらけの土を合金に一発で変化させられるなら……などとサモンジが考えていると、ルイズがこちらをにらみながら腕をつねり上げた。 「あっだだだだだ!何すんのルイズちゃん!」 「あんたまだ覚えてないの、人前でルイズちゃんとか言うなって朝言ったでしょ!あと私に断らずでしゃばった真似しないの!」 ルイズはなるべく顔を寄せてこっそり言ったつもりだが、サモンジの悲鳴で目を引いていたのでバッチリ目だってしまっている。当然授業中に目立つ真似をすれば、教師の行動は目に見えている。 「ミス・ヴァリエール!おしゃべりする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」 その言葉に教室中が騒ぎ出す。何事か、と思うサモンジをよそに周囲のざわめきはどんどん大きくなる。 (ひそひそ……また失敗…ゼロが……ルイズ考え直して……隠れろ、吹っ飛ぶぞ……) 何のことだ、とサモンジが思っていると教卓の前でルイズが杖を構え、それに合わせて他の生徒は慌てて机の下に隠れ始める。直後 爆発。 ものの見事に周囲のものを吹き飛ばし、教室内は大混乱になる。爆心地にいた教師は気絶しているため静止する者もいない。暴れる使い魔、逃げ惑う生徒とそれを鎮めようとして返り討ちに会う主人、そしてルイズへの罵声。 「ゼロのルイズが!」「成功率ゼロがでしゃばるなよ!」「お前、さっさと退学しろよ!」 それで、ゼロか……それを意識の片隅に残し、今日もサモンジは気絶した。 「な~んだ、魔法使えないんじゃない。メックの無いメック戦士と魔法の使えないメイジ、いいコンビじゃない私たち」 罰掃除を手伝いながら、能天気に話しかけるサモンジ。あっはっはーと笑いながら大きなゴミをひとまとめに集めている。目が覚めてみれば、ルイズが罰掃除を言い渡されたそうで一人で掃除を行っていたので手伝うことにしたのである。まあ、手伝うと言い出さなくても手伝わされたような気がしないでもないが。 気楽に掃除しているサモンジに、ルイズが毒づく。 「何勘違いしてるのよ、私とあんたが同類ですって……馬鹿にすんじゃないわよ、私はヴァリエール家の、三女……」 言葉を詰まらせながら、それでも心が挫けない様にと言葉だけでも強気でいようとするルイズに、サモンジは相変わらず明るい調子で言葉を続ける。 「はっはっは、そういう意味じゃなくって。足りないものがある者同士、いろいろフォローし合える様に頑張ろうってことだよ」 そこまで言って、こんどは逆にサモンジのテンションががた落ちになる。 「そうだ~私は失機者~失機者の失は失うの失~失機者の機はメックの機~」 変な歌を歌いながら真っ暗な陰を引きながら箒を引きずる。まだ失機者とか言うのを気にしているらしい。 はぁ、とため息を着いた後、勢いよくルイズは立ち上がる。そうだ、この程度で落ち込んでられない。この男はメックというのをなくしたらしいが、私はまだ失っていないではないか! 気合を入れて声を上げる。 「サモンジ!落ち込んでないでさっさと掃除するわよ。今度はちゃんとお昼あげるから」 そうだ、負けるものか!まだ、私は魔法使いになる道の途中なのだ。 自分の気合に釣られてか、サモンジも失機者モードから立ち直る。 「そうだね。ま、私も気に病みすぎか……いつもどおり、気楽にやりましょうか。ま、それはともかく一息入れようか。ルイズちゃんもひとつどう?」 そう言ってサモンジはポケットから何かを取り出すと、パキリ、とそれを割ってかけらをこちらに渡す。チョコレートか?珍しいものを持っている。所詮平民が持てる代物だろうが、せっかくの使い魔の気遣いだ。うけとってやろう、そう思って一息に口に入れる。 … …… 「なにこれ!!おいしい!こんなものどこで手に入れたの!そ、そういえばメック戦士は貴族みたいなものって言ってたわね、信じるわ!」 「へ?こんななことで信じてくれたの?私の今までの努力は何なのさ……」 軽くへこむサモンジ。と、そこにさらにルイズが突っ込む。 「サモンジ。そういえば今のチョコレートの包み紙、ずいぶん減ってたみたいだけど……」 「ぎく」 「あんた、私が朝飯抜きって言った後、それ食べてたのね………」 「いや、チョコレートを非常食ってのはよくある話だろ?レーションだよレーション」 「罰よ!全部よこしなさい、というか使い魔のものはご主人様のものよ!」 そう言って飛び掛ってくるルイズ。避けるサモンジ。しかし、31世紀(とはいえ文明は星間連盟時代に比べれば後退しているが)のチョコレートの持つ中世レベル調理技術とは比較にならない、ミルクと砂糖とカカオマスの生み出す神秘を知ったルイズの食欲には適わない。 ついに右手にしがみつかれ、そのまま一気にルイズが噛み付く! 「あ」 サモンジが制止しようとしたが、一歩遅かった。ルイズは『銀色の』包み紙ごとサモンジの右手からチョコレートを食いちぎり、かみ締めた。 「昼飯抜きよっ!!」 「またぁ!?」 前ページ次ページゼロの独立愚連隊